2008年10月23日 日本経済新聞掲載
インドネシア語になった仕事。



インドネシア語になった仕事。

インドネシアの人々と歩んだ50年(とちょっと)。
「地域との共生」を大切にする仕事への取り組み方は、これからも変わりません。
インドネシアと私たちの長いおつきあいの中で、とくにインドネシアの方々に愛していただいたのが「コルト」。インドネシア人スタッフとともに一丸となって販路を広めたこの日本の自動車は、瞬く間に人々の足となり、その名は小型トラックの総称としてインドネシア語辞典に載るまでになりました。「その国や地域の人々と共生する」という私たちのポリシーは、電力、エネルギー、空港建設といった分野でも広く実践され、オランウータンの保護活動支援、教育のサポート、中小企業支援などのCSR活動にも反映されています。この50年は、いわば私たちにとってのファーストステップ。インドネシアと日本の、さらに豊かな未来を拓くために、様々な仕事に取り組んでゆきたい。次の50年に向かって、いま、決意を新たにしています。
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