三菱商事の原点 ─ 「三綱領」
厳しい経営状況の中、社会への貢献を謳う
1920年、第一次世界大戦の反動不況と、金融引き締めによる株価の大暴落により、日本経済は悪化、戦後恐慌の様相を呈していました。設立間もない旧三菱商事(1918年設立、1947年に解散)でも非常に厳しい経営状況が続き、1919年から3年間にわたり無配を余儀なくされました。
こうした状況下、旧三菱商事初代会長(三菱四代社長)の岩崎小彌太は、幹部を本社に招集し場所長※1会議を開きました。業績について責められるに違いないと覚悟を決めていた幹部たちの前で、小彌太は「商業の経済的機能は何か」、さらに「生産者と消費者に対する商事会社の責任」などを次のように説いたのです。
「われわれは大いに競争すべきである。さらにその競争はフェアに争うべきだ。そして競争は“量の競争”ではなく、“質の競争”にしたい。ただし、ここで注意しなければならないのは、競争にのめり込むばかりに、成績を挙げようと手段を選ばぬようになると、わが社創立の伝統に照らして遺憾である。一攫千金を狙うような暴利の獲得を目的とする投機に走ってはならない」(一部抜粋)
※1 三菱商事では、国内・海外拠点の長を「場所長」と総称します
三綱領の精神を未来へと伝える

三網領が掲載された1954年発行の社報第1巻第1号
小彌太の発言を基に、会社の原点を示すものとして1934年に制定されたのが「三綱領」です。この精神は脈々と受け継がれており、そして今でも、三綱領はビジネスを展開する上で、また地球環境や社会への責任を果たす上での拠り所となっています。
例えば、新たな地域でビジネスを行う際には、常に地域社会やそこで暮らす人々とコミュニケーションを取りながら、環境面の考慮、雇用の創出、生活環境の向上など、地域社会の発展に貢献することを念頭に置いた取り組みを、資源開発・調達といった上流から、販売・サービスなどの下流まで、バリューチェーン全体にわたって実施しています。
三綱領の精神は、三菱商事の組織風土や企業文化の礎とも言うべきものであり、「三菱商事らしさ」そのものと言ってもいいものです。三菱商事は今後も、原点である三綱領の理念に基づき、社会を構成する一員として、本業を通じて三綱領の精神を未来へと伝えていきます。





