三菱商事

11月号 人々の変化で都市のスラム化を止める

あしたの地球に

誰もが安心して暮らせる社会をつくるために。「いま、私たちに必要なこと」を考えます。

雨風をしのぎ、生活のよりどころになる。安全で暮らしやすい家は、人が人らしく生きるための基盤だ。しかし現在、世界人口の8人に1人、約10億人が安心して暮らせる住まいを必要としている。特にアジアやアフリカでは都市部への人口集中が進み、スラムといわれる貧困層の居住地区が年々拡大。住民は不衛生な環境下で十分な公共サービスも受けられず、貧困の連鎖につながっている。世界のスラム問題解決に向けた取り組みを取材した。

人々の変化で都市のスラム化を止める

人々の変化で
都市のスラム化を止める

フィリピン、マニラ近郊のケソン市に散在するスラムは、1980年代以降、地方から都市部に出てきた人々が空き地にバラック小屋を建てて住み着き、それが自然に拡大してできたという。住居の多くがトタン造りで雨漏りに悩まされ、上下水道も未整備だ。現在、政府の支援を得ながらスラムを区画整理し、住民全員が入居できる新たな集合住宅群を建設するプロジェクトが進んでいる。

この事業を支援しているのが、76年にアメリカで設立された国際NGOハビタット・フォー・ヒューマニティ(以下、ハビタット)だ。「誰もがきちんとした場所で暮らせる世界」を目指し、住まいの改善・確保やコミュニティー支援に取り組んでいる。

ハビタットが設立以来取り組む活動の一つが住居そのものの建築支援だ。住まいを必要とする家族と国内外のボランティアが、専門技術をもつハビタットのスタッフから指示を受けながら家を建てる。建築手法は、その地域の気候風土や持続可能な資源が生かされている。日本からも学生を中心に多くのボランティアが参加しており、これまで住居建築をはじめ、適切な住まいを持てるよう1320万人もの人々を支援してきた。日本法人であるハビタット・ジャパンの稲垣花恵さんはこう語る。

「きちんとした家を持つことができれば衛生状態などが改善し、病気などのリスクは減りますし、新たな住居を利用して雑貨や食料店などの小さな商店を営む人も出てきて、経済的な安定にもつながります。ある家庭は商店を営むことで子どもの交通費を捻出でき、これまで通えなかった学校に通えるようになったそうです」

フィリピン・マニラ郊外のスラムではハビタットの支援による集合住宅(写真右)の建設が進んでいる

都市のスラム化はアジアやアフリカなど世界各地で進んでおり、スラム人口は2030年代までに、現在の倍の20億人に達すると推計されている。国連人間居住計画でアジア太平洋地域本部長を務めた西南学院大の野田順康教授はこう語る。

「特にアジアでは経済成長に伴い、地方から労働力として都市部に多くの人口が流入しています。その多くは思ったような職や収入が得られず、スラムの住民になる。都市化の流れは避けられませんが、都市を持続可能にするために、都市に集まった人たちが自らの力で貧困を抜け出し、生活基盤となる家を持てるようエンパワーメントすることはできます。近年はトップダウンではなく、スラムの住民自身が地域の改善策を決め、それを政府やNGOが支援する『住民参加型』の支援策が主流になってきています」

ハビタットの事業では、支援を受ける住民自身にも一定の時間、建築作業に従事してもらっている。自分の家だけでなく周辺の家の建築も手伝ってもらうことで、住民間の助け合いのコミュニティーが生まれていくことを期待しているのだという。

「フィリピンのスラムの住民たちはコミュニティーを育てようという意欲が非常に強いと感じました。住民たち自ら組織をつくり、当事者意識を持って行政やNGOなどと交渉しながらプロジェクトを進めてきたためかと思います。この例のように、その土地の人たちが自らのコミュニティーをどう作っていくかを自己決定していくことが大切。私たちはノウハウを提供するなど、少しずつそのお手伝いをしていけたらと考えています」(稲垣さん)

住民のエンパワーメントにより住環境が改善し、経済状態や教育水準も上向けば、住民たちが自らの力で貧困から抜け出す道が開ける。地道な取り組みを着実に積み重ねていくことが、世界のスラム問題解決の糸口になりそうだ。

2018年11月4日 朝日新聞「GLOBE」掲載

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