Challenged Sports(障がい者スポーツ)
花道よりもいばらの道を
2016年1月17日 朝日新聞「GLOBE」掲載

花道よりもいばらの道を
「日本のアイススレッジホッケーは今、『どん底』にある」、代表チームキャプテンの須藤悟さんはこういう。昨年行われたIPC世界選手権、日本は出場8カ国中最下位となり、世界ランク上位チームが入る「Aプール」から陥落。今季は「Bプール」で戦うことが決まった。
数年前、バンクーバーで行われた大きな国際大会。準決勝に進出した日本の相手は、大会開催国でもあった強豪カナダ。圧倒的不利といわれたこの試合で日本は、体を張って敵のシュートを止めた須藤さんのプレーを起点にして決勝点を奪い、奇跡的な勝利をもぎ取った。準優勝に輝いたこの時が、日本にとっての頂点だった。
「氷上の格闘技」と呼ばれるほど激しいぶつかり合いで、転倒したりスレッジ(そり)のフレームが曲がったりすることは日常茶飯事。それがアイススレッジホッケーだ。20年ほど前、軽く汗を流せれば、というぐらいの気持ちで競技を始めた須藤さんは、後にその考えがいかに甘かったかを痛感することになる。一方、組織的な守備で相手のスピードを封じるなど、頭脳戦・心理戦の面白さもある。パックを打つスティックやスレッジを自分なりに改良することでプレーの幅が広がる面白さも知り、須藤さんは急速にホッケーの魅力にのめり込んだ。のめり込まなければ、自分がどうにかなりそうだった。
仕事中の事故で、まだ20歳という若さで須藤さんは両足を失った。この先どう生きていけばいいのか。ひとりで抱え込むには、それはあまりに重い問いだった。未来を奪われたと感じた。しかしホッケーと出会ったことで、止まっていた須藤さんの時間は再び動き出す。仲間とともに世界で戦い、満足のいく結果も手にした。「普通の人にはできない経験ができて、自分はラッキーですよ」。そう言えるまでになった。
もし須藤さんの人生が一編の映画だとしたら、カナダでの準優勝の場面でエンドロールが流れていたはずだった。それは、最高の結末になっただろう。だが45歳のキャプテンは、今日もその声と背中で仲間を鼓舞し続ける。世界の強豪チームは10代、20代の若手選手が中心となるなか、日本代表の平均年齢は38歳。近隣の国同士でひんぱんに国際試合ができる欧米と違い、日本には強化の機会が極端に少ない。「どん底」を脱するために越えるべきハードルはあまりに多いが、だからこそ今ここで踏みとどまらなければならない。そんな思いが強い。
「いい年してバカみたいですよね。でもやめられないですよ。私はまだホッケーに何も恩返しができてない」
一度は生きる気力さえ失いかけた自分を、ホッケーは救ってくれた。だからこそ、今度は自分が救う番だ。須藤さんはまだ、リンクを下りるわけにはいかない。




