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Corporate Brochure

Central Asia

三菱商事

vol.2 日本KFC(2/3ページ)

プロジェクト物語 ~「挑戦」の軌跡 ~

Vol.2 日本KFC おいしいを、ずっと。あたらしいを、もっと。

スタートのつまずきをバネに

日本KFCの記念すべき1号店・名西店(名古屋)と当時のメニュー

万博での大成功を弾みに、順風満帆な船出となるはずだった。ところが、スタート早々から出店立地に関する日米の意見の相違が表面化する。KFC米国本部は本国での成功に倣い、郊外型ショッピングセンターへの出店を提案。これに対して、三菱商事は自家用車の普及が十分に発達していない日本では時期尚早と判断し、「まず都心にオープンしたい」と主張した。しかし、KFC米国本部は納得せず、結局、郊外への出店が決まった。70年11月21日、朝10時。名西店(名古屋)は花火とアドバルーンのもと華々しくオープン。大阪の東住吉店、枚方店も続いた。いずれもショッピングセンターの駐車場内に建てられたプレハブ店舗だった。だが、当初の懸念どおり、1年もたたないうちに1億円の債務超過に陥った。
三菱商事社内では、事業撤退を検討する動きが出始めた。もう失敗は許されなかった。初期のつまずきから得た教訓は、出店立地を見直すことだった。

トーアロード店(神戸)

「都心の繁華街や高級住宅街に、ビルイン型でコンパクトな店舗を出店して知名度を高めていこう。われわれがよいと思う立地で、もう一度チャレンジしよう」。起死回生を図るべく選ばれたのが、外国人が多く住み高級住宅地が隣接する神戸トーアロードだった。
72年4月、会社存続の期待を背負い、トーアロード店(神戸)がオープン。「なんとしても成功させたい」。スタッフは皆、一生懸命に働き、夜も自宅に帰る時間を惜しみ、店舗の奥に小麦粉の袋を敷いて寝る日々を続けた。その熱い情熱と努力が実を結び、オープン4カ月後に月間売上360万円を達成。「自分たちのやり方は間違っていない」という確信を得たメンバーは、東京進出に向けて歩み出した。同年、青山店オープン。立地の良さもあって店は大成功し、KFCの名を広く世間に知らしめた。

73年12月、国内100号店となる赤坂店オープン。このころには各店舗で月間売上300万円ベースを確保し、業績も安定する。74年12月にクリスマス販促キャンペーンを大々的に展開。さらに85年には、チキンやサラダ、アイスクリームがセットになった「パーティバーレル」が誕生し、以後、クリスマスにチキンを食べるライフスタイルが日本に定着することになる。
また、品質管理を徹底させるため、独自の認定工場制度を導入。1988年、ジャパンファーム※2の垂水工場をKFCカットチキン生産認定工場第1号に指定した。食品業界にとって、今や当たり前となった安全性の確保にいち早く取り組んだのも日本KFCだった。

※2 畜産先進国の米国で行われていたチキンの生産、処理、加工、販売まで一貫して行う企業養鶏システムを、三菱商事が日本に初めて導入し、69年に「ジャパンファーム」として鹿児島県に設立したもの。

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