ATHLETES
所属選手
PROJECT SUPPORTERS
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サポーター
高橋 勇市
Yuichi Takahashi
高校 2 年生の時に、目の疾患にかかりその後難病を併発。34 歳で完全に失明。2004年国際盲人マラソンかすみがうら大会にて当時の世界最高記録を樹立。同年アテネパラリンピック マラソン(視覚障がい) で金メダルを獲得。現在は、マラソン、パラトライアスロンを続けながら、学校を中心に講演会活動に力を入れている。
紹介動画 [1分47秒] -
サポーター
根木 慎志
Shinji Negi
高校3年の時、交通事故により脊髄を損傷。以後車椅子の生活を余儀なくされる。2000年シドニーパラリンピックでは、男子車椅子バスケットボール日本代表チームのキャプテンを務める。現在は、日本パラリンピック委員会運営委員、アスリートネットワーク副理事長として活躍中。
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サポーター
高田 朋枝
Tomoe Takada
5歳の頃から視力が低下し、網膜色素変性症と診断される。2002、2003年と日本ゴールボール選手権大会準優勝。2007年日本ゴールボール選手権大会で最多得点賞を受賞、チームを優勝に導く。国際試合でも活躍し、2008年インターナショナル・ゴールボール・クラシック第4位。2008年北京パラリンピック第7位入賞。
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サポーター
廣道 純
Jun Hiromichi
1989年、高校生の時、バイクの事故により脊髄を損傷し、車椅子生活となる。2000年シドニーパラリンピック車いす陸上800mで銀メダルを獲得。2004年アテネパラリンピック800mで銅メダルを獲得し、2大会連続でメダルを獲得する快挙を成し遂げる。
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サポーター
佐藤 隆信
Takanobu Sato
三菱商事太陽(株)所属。23歳のとき転落事故により脊髄を損傷し車椅子生活となる。大分国際車いすマラソン大会には1988年の第8回大会から出場。
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サポーター
野島 弘
Hiroshi Nojima
高校生の時、交通事故で脊髄を損傷し、以後車椅子生活となる。1998年長野パラリンピック、2006年トリノパラリンピックアルペンスキー競技元日本代表。現在は、日本チェアスキー協会理事、日本障害者ゴルフ協会理事として、後進の育成に励む。



