三菱商事

1954年~ 第6話 組織の活力を高めた「あやめ作業」 ~初の本格的な中期経営計画を策定

あゆみ 「挑戦」の原点

第6話 組織の活力を高めた「あやめ作業」 ~初の本格的な中期経営計画を策定

藤野忠次郎社長

高度経済成長期の波を巧みに捉えてさらに事業を発展させようと、藤野忠次郎社長が取り組んだ先駆的な改革を、当時の写真と共に振り返ります。

1960年代、三菱商事は事業・組織が大きく拡大したことで、新たな規模にふさわしい経営戦略や組織像が求められていました。このため、三菱商事が1966年に着手したのが、初の中期営業計画(今日の中期経営計画)づくりでした。

5月から全社的に着手したことから「あやめ作業」と呼はれた取り組みには、藤野忠次郎社長の強い思いが込められていました。計画策定に先立ち、藤野社長は「安定した経営を維持しながら、しかも積極的に、かつ計画的に将来の成長発展に向かって、絶えず生き生きとした活力に満ちた活動を続ける優良企業」というビジョンを語り、その意義を説きました。

計画づくりに当たっては、まず部や場所(拠点)ごとに要望事項と3カ年計画を提出。これらをベースに、「3カ年後のわが社の姿はかくあるべし」との全社目標を設定する作業を実施し、中長期的な視野に基づいた営業計画を策定しました。初の中期計画は、成長分野である重化学工業部門の比率を70%以上に高めるなどの重点目標を明示し、従来の単年度計画では困難だったことに挑んだのです。

藤野社長在任中、約50回にわたり実施された社長懇談会

また、全社からの情報収集には、組織の課題を浮き彫りにするという狙いもありました。これにより、計数目標の設定のみならず、組織や人事面の改革にも着手。各営業部を本部制に再編成して各本部長に常務を任命し、分権的利益責任体制を確立するなど、社員のやる気と責任感を喚起する施策を次々に打ち出していきました。

一方で、藤野社長は就任直後から社員とのコミュニケーションも重視し、若手・中堅社員と対話をする社長懇談会をスタート。「上司に遠慮なしに言いたいことを言え。そこで済まなければ、いつでも社長室のドアは開いている」──積極的に働きかける気概を持ってほしいと熱く語りかける社長の姿に、社員たちは士気を大いに高めたといいます。

目先の好況に躍らされず、比類ない先見性と実行力で推進された一連の改革は、三菱商事を世界経済の激動にも揺らぐことのない強い組織へと変えていきました。

 

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