社会情勢が大きく揺れ動くいま、博物館の役割は大きく変わってきている。東京国立博物館の藤原誠館長とスミソニアン国立アジア美術館のチェイス・ロビンソン館長が、日米を代表する2館の現場から、財政的な持続可能性や若い世代へのアプローチなど、これからの博物館のありかたについて議論を交わした。
日本文化ならではの魅力とは
藤原 東京国立博物館(東博)、米スミソニアン国立アジア美術館も、それぞれ100年以上の歴史があります。両館はともに、世界における重要な日本文化の発信拠点でもあります。
ロビンソン 当館は1923年に米国初の国立美術館として開館し、日本コレクションは全体の約3分の1を占めています。当館には、日本担当のキュレーターや専門的な知識を持つスタッフが多数在籍し、日本文化を広く紹介する役割を担っています。
藤原 日本の文化財には四季の表現が多く、その表現を通じて日本文化の魅力に触れることができます。また、日本は現代に至るまで国家として大きく断絶することがなかったため、文化財が破壊されることが比較的少なくすみました。それらの残された文化財が日本の成り立ちを教えてくれることが多々あります。
ひらがな・カタカナが平安時代に成立したことや、歌舞伎が江戸時代の庶民文化のなかで形成されてきたことも、現在までに受け継がれた文化財を紐(ひも)解いていくことで見えてきたことです。また、中国絵画から大和絵が生まれ、茶の伝来をうけて侘(わ)び茶の文化が形成されたように、日本文化は外国文化を受け入れ再構築する力を持っていることも、文化財からわかってきます。
ロビンソン 日本の文化財は幅広いジャンルがあり、その内容も多様です。しかしながら、米国では日本美術への興味・関心が強くはあるものの、浮世絵や新版画など特定の領域に偏っていて、日本文化へのイメージがステレオタイプ化してしまう傾向が見受けられます。そこで、私たちは日本文化の幅広さを知ってもらえるよう、19〜20世紀の日本絵画、18〜19世紀の漆器、戦後日本写真、現代日本の金工など、これまで相対的に手薄だった分野の作品も積極的に収集しています。
2027年1月、同館にて展示予定。
出典:ColBase
変わっていく博物館の役割
藤原 これまで博物館の役割は「文化財の保存と活用」が中心でした。しかしながら、社会が変化する中で美術館・博物館全体の役割、存在意義は大きく変わってきています。日本でも2022年に博物館法が改正され、観光や国際交流などの多様な活動を推進し、地域社会へ貢献することが役割に加わりました。博物館は「過去」を保存して公開するだけではなく、社会とともに「未来」を創っていく文化インフラ、公共インフラであることが求められています。
ロビンソン 加えて、多様化も進んでいます。私たちは、博物館の役割を、「保存」「教育」「研究」「文化外交」の四つに分けて考えています。社会、文化、経済、環境が急激に変わっている時代の中で、まず博物館の長期的な役割として挙げられるのは、有形・無形問わず文化遺産を「保存」することです。
「教育」は、展示室での展示はもちろんのこと、オンラインでのコレクション公開や学校への出張授業といった公開プログラムを開催することなど、人々にインスピレーションを与える活動を指します。日本に関するものを例として挙げると、茶器に実際に触れ、茶器がどのように作られ、茶会でどのように使われているのかを理解してもらう茶の湯のセミナーや、日本映画に特化した映画祭、桜まつりなどです。
そして「研究」は、収蔵作品やこれまでに蓄積してきた知識を活用することで、学芸員や専門スタッフたちが新しい知を生み出すことです。
藤原 「研究」と「教育」は博物館にとっては欠かすことができない大切な役割ですね。
ロビンソン そのために私たちは作品だけでなく、図書館やアーカイブを持ち、研究書の刊行も重ねてきました。美術史、作品の来歴研究、保存、保存科学なども行なっています。そして、近年力を入れているのが「文化外交」。米国の人々にアジアの文化を、アジアの人々に米国の文化をそれぞれ紹介し、相互理解を支える役割を果たしています。
National Museum of Asian Art, Smithsonian Institution, Robert O. Muller Collection 版元:渡邊木版美術画舗
文化を次世代へ「つなぐ」
藤原 そして、近年になり博物館を財政的に自立させた上で次世代へつないでいく組織運営、すなわち「持続可能性」も考える必要が出てきています。当館は、これまでは運営資金を国費に頼り、組織は潤滑なオペレーションのみを考えればよい側面もありましたが、資金集めも含めたマネジメントが喫緊の課題となっています。
ロビンソン 資金調達は世界中の博物館に共通する課題ですね。私たちは、日本美術の愛好者でありコレクターであった実業家、チャールズ・ラング・フリーアのコレクションをベースに開館しています。フリーアは自らのコレクションの寄贈のみならず、美術館建設資金や基金も支援しました。現在は、投資収益と継続的な資金調達が、所蔵品の収集や人件費、プログラムの継続を支えています。運営予算の約80%は民間由来で、政府資金は約20%。企業からも支援をいただいています。
そのなかでも三菱商事には2015年から国立アジア美術館をスポンサードしていただいており、昨年12月には合計100万ドルでさらに5年間のスポンサード延長を決定していただきました。三菱商事からの支援により、私たちは新しい作品の取得や、私自身やキュレーターの渡航、調査研究、共同事業などといった幅広い活動をすることが出来るのです。
藤原 運営構造の違いはありますが、持続可能性をどう確保するか、という問いは共通ですね。当館は、国立アジア美術館に比べると10〜15年くらい取り組みが遅れていまして、ロビンソン館長からいろいろアドバイスをいただき、取り組んでまいりました。
私が2022年に館長に就任する前、東京国立博物館の運営資金は国費が約70%を占めていましたが、昨年度は約50%になるまで自己収入を増やすことができました。就任直後から経営の専門部署を設置し、民間の経営経験者や専門のファンドレイザー(資金調達担当者)の採用、企業とのパートナーシップ制度の整備、寄付・協賛の拡大、クラウドファンディング、海外からの寄付開拓など、多面的に取り組んできた結果です。
ロビンソン 資金を確保するだけではなく、その資金をどう使い、どんな影響を生むかという、「託された資金を賢く使う責任」もあります。私たちは未来を担う若い世代の関心を高め、そして文化に触れる機会を作り出すことが持続可能性の鍵だと感じています。ですから、提供いただいた資金を元に、若い世代の関心が高いテーマの展示をしたり、オンラインでアクセスできる体験を提供したりするなど、次世代のためのアクションを起こしています。
藤原 私たちも次世代への入り口として「子ども」に焦点を当て、子どもたちが博物館に来やすくなる環境整備を進めています。当館は子ども連れの家族が気兼ねなく過ごすのが難しい状況がこれまでありました。期間限定ではありますが、子どもたちに遊びながら博物館を理解してもらうとともに、保護者にとっても居心地の良いスペース「あそびば☺とーはく!」を企画しました。子ども関連企業の協力も得て、常設的なスペースとして整備する準備も進めています。
国際化への枠組み
藤原 さきほどのロビンソンさんのお話に出てきた「文化外交」は、当館でも積極的に取り組んでいます。日本ではこれまで、外務省による外交と、文化庁による国際文化交流が別々の次元で進んできた面がありました。現在、海外で文化交流をする際は現地の日本大使館にも関与してもらい、文化外交として一体的に動けるよう努めています。
ロビンソン 私たちも、日本大使館を含めアジア各国の大使館と緊密に連携を取っています。また、海外で展示する際は現地の米国大使館とも協力します。文化で培った信頼関係は、国と国の関係を支える土台になります。
藤原 そして、国境を越えたミュージアム間の交流も非常に大切な「文化外交」だと思っています。当館は、2024年に国立アジア美術館と学術・文化交流及び協力に関する国際交流協定(MOU)を締結しました。私が館長に就任する前に当館がMOUを締結していたのは、中国の故宮博物院、上海博物館、韓国の国立中央博物館の3館のみでした。
一方、日本美術は国立アジア美術館をはじめ世界各地のミュージアムに所蔵されており、また研究も進んでいます。他の世界のミュージアムとも永続的な関係を広げていく必要があると判断し、現在までに26の美術館・博物館及び関係機構とMOUを締結しています。国立アジア美術館はアジア以外で初めてMOUを締結した機関です。今年、当館の研究員が貴館に長期でうかがい、支持具(マウント)製作の技術、そして工房設置に必要な設備について学ばせていただく予定です。
ロビンソン スタッフ同士が直接交流できることはとても大切なことです。東京国立博物館とのMOUに基づく交流も、キュレーターに限らず保存修復のスタッフなどの専門レベルへと広がっています。MOUで最も重要なのは、人と人との信頼を具体化できる点です。スタッフ交換は双方の強みを学び合う機会になります。培った信頼を次の世代の同僚たちにも引き継いでいきたいと思います。
現在、東京の三菱一号館美術館で開催中の展覧会「トワイライト、新版画―小林清親から川瀬巴水まで」は、当館所蔵のコレクションを用いた史上最大の国外展です。これもまた文化外交の成果の一つです。
新しい博物館の形へ
藤原 当館は2038年に現在の本館がオープンして100周年を迎えます。この2038年に向かって、「持続可能な博物館」、そして「世界に冠たる博物館」になるべく、中長期ビジョンとして「東京国立博物館2038ビジョン」を掲げました。
過去の知恵や想像力を共有する公共的な場として、人々が歴史から学び、新しい価値を生み出せる「開かれた存在」になるべく、さまざまなパートナーとともに日本を代表し、世界をリードする最先端ミュージアムを目指します。国の重要文化財にも指定されている本館の改修をはじめ、さまざまなプロジェクトが計画されています。この「東京国立博物館2038ビジョン」は、一昨年開催された文化支援イベント「TOHAKU GALA」で発表しましたが、このイベントも三菱商事はじめ各企業にご協賛いただきました。
ロビンソン 博物館は社会の相互関係を映す存在だと思います。例えば「伝統とイノベーション」の関係です。伝統的な表現が新技術によって揺さぶられ影響し合う。互いの関係を“対立させて解決する”のではなく、“表面化させ考える場を作る”。それも博物館の果たしうる役割だと考えています。
2026年は米国建国250周年にあたります。その節目に、現在、日本で私たちのコレクションを見ていただける機会をいただき、日米の協働を見ていただけることをうれしく思っています。また、私たちのコレクションの大部分はオンラインでも公開しております。ぜひ、さまざまな形で博物館に触れていただければと思います。
藤原 交流が深まることで、日本と米国の双方で日本文化への理解がさらに進むことを期待しています。ありがとうございました。
三菱商事・三菱グループの文化貢献
三菱商事は、英国の大英博物館・日本ギャラリーや米国のスミソニアン国立アジア美術館など、世界有数の博物館をスポンサードし、各地からの日本文化の発信を支えている。
また、三菱グループでは、明治から戦前にかけて三菱の第2~4代社長を務めた岩崎彌之助、久彌、小彌太が、当時の学者や芸術家を支援しながら、古典籍や美術品の蒐集(しゅうしゅう)に努めた。久彌は東洋文庫を設立。世界屈指の東洋学の研究図書館・ミュージアムとして2024年に100周年を迎え、今年1月にリニューアルオープンした。彌之助とその嗣子(しし)・小彌太が設立・拡充した静嘉堂は2022年に130周年を迎え、東京・丸の内の美術館で国宝7、重要文化財84を含む6,500件の東洋古美術の名品を企画に合わせて公開している。
Chase F. Robinson
2018年12月から現職。ブラウン大学で学士号、ハーバード大学近東言語文明学科で博士号を取得。オックスフォード大学アジア中東研究学部で初期イスラム史の教授を務め、その後、ニューヨーク市立大学大学院センターの教務長、学長を務めた。イスラム圏中東の幅広い地理と歴史を扱った9冊の編著書、40本以上の論文を発表している。論説や解説はニューヨーク・タイムズ紙などの新聞や雑誌に掲載されている。
ふじわら・まこと
1957年、東京生まれ。1982年東京大学法学部卒業、文部省入省。文部科学省大臣官房長、同省初等中等教育局長、文部科学事務次官を経て、2022年6月より現職。