世界の「うねり」の中で勝負してみたかった

まず、三菱商事へ入社を決めた経緯をお聞かせください。

大学時代は経済学部で、東ヨーロッパの経済学史を専攻していました。社会主義政権の成立、経済情勢の悪化、そして民主主義への移り変わりといった、政治と経済が複雑に絡み合って社会が変容していく「うねり」は興味深く、大学院での研究も視野に入れていました。

ですが次第に、そんな「世界のダイナミズム」を肌で感じてみたい、世界を舞台に規模の大きな仕事をしてみたい、という思いが強くなり就職を決意。シンプルに「大きな組織であれば大きなチャンスをつかめるのでは」と考え、三菱商事への入社を決めました。

入社後は、「三菱商事サッカー同好会」に所属し、活躍していたそうですね。

サッカーは高校以来だったのでブランクがあったのですが、誘ってもらって入会しました。当時、「三菱商事サッカー同好会」は、東京都社会人サッカーリーグの3部リーグの所属。その後2年連続でリーグ優勝を果たし、2部、1部へと昇格しました。1部リーグともなると、大半はクラブチームが占めていましたから、企業のチームとしてはかなり善戦していたと思います。

三菱商事サッカー同好会でマレーシア遠征へ
(西村さん提供)

練習は、土日も含めて週3回。30人弱のメンバーをまとめるキャプテンを務めた時期もあり、中国やタイ、マレーシアなどの海外遠征にも参加しました。ノルウェー駐在に出る少し前まで、約10年にわたって活動しました。ここでの出会いや学びは、その後のビジネスにも大いに生かされていると感じています。

「会議にすら呼んでもらえない」信頼を得るはじめの一歩とは

サーモン養殖の事業には、自ら希望して飛び込んだそうですね。

入社3年目(2006年)に配属されて以降、長く水産ビジネスに携わってきました。そして2014年、隣のチームが世界最大規模のサーモン養殖会社・セルマック(*)のM&A(企業合併・買収)に携わっていると知り、そんなダイナミックな仕事に自分もぜひ関わりたいと、強く志願してそのチームに異動しました。本社で事業投資先管理の経験を積んだ後、三菱商事のグループ会社となっていたノルウェーのセルマック本社へ、2016年5月から出向しました。

ノルウェーでのサーモン養殖の現場で(西村さん提供)

セルマック本社での私のポジションはCEOの補佐、いわば社長のアシスタントです。執行側のポジションに三菱商事の出向者が就くのは私が初めてでした。当初は、社長もどう活用すればいいのか手探りだったと思います。「お手並み拝見」といった社内の雰囲気も感じました。

*セルマック

ノルウェー、チリ、カナダの3カ国で年間約20万トンを生産するサーモン養殖会社。正式名はCermaq Group AS。1994年にノルウェー政府が設立し、2014年から三菱商事の完全子会社となった。2025年度にはGrieg Seafood社傘下の事業を買収。年間生産数量は約28万トン(2027年度)へと拡大する見込み。

初の海外駐在、さらに初のポジションとなると、苦労も多かったのでは。

ノルウェーに行って最初に戸惑ったのは、「少人数で効率的に仕事を進める」ことが徹底されている点です。たとえプロジェクトチームの一員であっても、「この人はいま必要ないね」と判断されたら、会議にも呼ばれないし、関連するメールも送られてきません。日本なら関係者に広く送られるメールを見ているうちに、プロジェクトについて自然とキャッチアップできますが、そうはいきません。最初のプロジェクトに入るところで難しさを感じました。

私は、社長補佐のポジションはさておき、まずは「役に立つ存在」であると周囲に認めてもらわなければと考えました。はじめの一歩として、資料を作る、煩雑なデータをまとめる、進捗(しんちょく)管理や連絡・交渉業務といった、いわば様々な手間のかかる業務を一手に引き受けることにしました。

なるほど。周囲の反応はどう変わりましたか。

ある日、経営陣にプロジェクト概要をプレゼンするという大事な局面で、「自分が説明しようか?」と提案し、「全体像を一番分かっているのは、たしかにMasa (私のニックネーム)だね」と受け入れられました。資料作りなど一連の下支えの業務を続けることで、このプロジェクトに関するナレッジが自分の所に集約され、蓄積されていくのを感じていたので、皆も納得するだろうという確信があったのです。

献身的にチームに貢献することで、信頼を得る。勝負時を見極め、ここぞというタイミングでは一気にギアを変える──。このやり方は、どんな場面でも常に意識していることです。

ちなみにこの時のプロジェクトは、地域別に行われていた養殖設備や餌の調達をグローバルでまとめるというもの。当時構築したグローバル調達の仕組みは、いまも活用されています。ノルウェーでの3年半、苦労は絶えませんでしたが、そのおかげで、この業界のプロフェッショナルとも伍(ご)してやっていけるという自信を持てるようになりました。

ノルウェーでのコミュニケーションは英語ですか。

基本は英語でしたが、現地に行ってからノルウェー語も勉強し、コーヒーブレークやランチの際などの日常会話であればほぼ不自由なくできるようになりました。日本との文化の違いはありますが、まず自分の方から寄り添っていく、ノルウェー流でやってみるというスタンスを大切にしていました。

チリは課題山積 「ファクト」で現場を変えていく

ノルウェーで3年半勤めた後、2019年からはチリに赴任されました。

セルマックの子会社にあたるセルマックチリという会社に出向し、ほどなくCFO(最高財務責任者)兼副社長に就任しました。チリのサーモン養殖の生産高は、ノルウェーに次ぐ世界2位。一方で、当時のセルマックチリの収益性は業界で最下層。生産効率・競争力が低く、毎月大幅な赤字が出ている状況でした。会社としても、どうにかしなければいけないという状況の中で、ノルウェー本社から派遣されたというわけです。

セルマックチリの養殖現場で仲間とともに
(西村さん提供)

サッカーに例えると、「チームを立て直す監督」といった具合ですね。

はい。そして、チリに共に赴任したのが当時の社長であるスティーブンです。彼はスコットランド人で、私より20歳近く年上でした。業界で経験を積んだプロフェッショナルで、私自身もノルウェー時代から業界他社の社長として面識がありました。セルマックチリの状況改善のためにスカウトされ、私と一緒のタイミングでチリに着任したのです。

実は、赴任して間もない頃、私は業務上のある重大なミスを犯しました。深夜0時過ぎ、スティーブンからの電話で事態を把握した時は青ざめました。私はすぐに謝罪し、「こんなミスを犯した自分を信頼するのは難しいと思う。チリから去れと言われれば受け入れます」と伝えました。しばらく2人で話をして、最後に彼が「誠意ある謝罪を受け入れた。だから明日以降は、もうこの話をするな。我々のやるべきことは、これを引きずることではなく、前に進むことだ」と。結果的にそのミスは大ごとにはなりませんでしたが、彼の懐の深さ、人間性に感銘を受けた出来事でした。彼は、上司でありながら良きバディーであり、プライベートでも仲良し。私のキャリアの中で最も影響を受けた人物です。

そんなスティーブンがよく使っていたのが、“Less is More”という言葉です。このLessは「シンプルに」の意。セルマックチリでの経営課題は山積みで、やるべきことは目の前に100も200もありました。そこで、あれもこれも手を出すのではなく、いまやるべきアクションに絞ってフォーカスする。それが結果的に高いパフォーマンスにつながる、という考え方です。「やらないことを決める」ともいえますね。当時もいまもとても大事にしている考え方です。

セルマックチリの社長(当時)のスティーブン氏(右)と(西村さん提供)

その言葉を胸に、どのように会社を立て直していったんですか。

チリで取り組んだのは、まさに「現場」の仕事でした。生き物と自然を相手にする事業であり、養殖環境も市場の動向も魚の状態も日々変化します。毎日、「魚がどのくらい餌を食べたか」「魚がどのくらい成長しているか」「何トン水揚げするか」「どんな商品形態でどこに販売するか」を適切に把握し判断する必要がありました。例えば、サーモンの表面にわずかな傷があった場合、一匹丸ごとではなく、半身や小さいポーションに加工して傷を取り除けば、一級品として販売できる可能性があります。そういった小さな判断の積み重ね一つひとつが、利益率・効率性の改善につながっていくのです。

ただし、長年その現場で働いている人には、自分たちのやり方やプライドというものがあります。何かを変えようと提案するたびに、「あなたには分からないだろうが、現場のやり方はこうなんだ」と返されました。これはどんな業界・組織でも起こりうることかもしれませんね。

私が徹底したのは「ファクトをベースに議論する」こと。「厳しいかもしれないが、現状のやり方では結果が出ていないのが事実。やり方を変えるということを出発点にして、変えるための方法を考えることに、より時間を使いたい」と、現場の改善に向けて、様々な場面で粘り強くやりとりをしました。そうしたやり取りを通じて徐々に信頼関係が構築され、改善の効果も目に見え始め、組織内にモメンタム(勢い・推進力)が生まれ、更に改善が進んでいく。そうした組織のダイナミズムやチームワークの力も感じました。

スペイン語も勉強されたのだとか。

チリでは社内に英語を話せる人が少なかったこともあり、仕事を終えた後に週5回、スペイン語の家庭教師についてもらって猛勉強しました。ほどなくして、会議やスピーチもすべてスペイン語でこなせるように。実はこれには切実な事情もありました。セルマックチリの状況は大変厳しく、人員整理に踏み切る可能性がありました。私には、相手と言葉も通じない人間がそれを担うべきではない、誠意を尽くして対応したい、という思いがあったのです。

セルマックチリの競争力は、改善しましたか。

2019年の着任以来、四半期ごとに、主にキロ当たりの収益性の推移を、上場している他社と比較してきました。数値は徐々に向上し、2021年にはついに1位に。この日は朝から他社の決算発表を待ち、私が管掌していたファイナンス部門で検証。数値が確定した瞬間、「やりました! ついに1位になりました!」と社内に大々的にアナウンスし、みんなで大喜びしました。スティーブンにもTeamsでメッセージを送りました。最高の瞬間でしたね。その後も、私がチリから異動するまで、業界トップクラスのポジションを維持していました。

セルマックチリの経営陣と開いた慰労会(西村さん提供)

共鳴する仲間が多いほど、組織は強くなる

「結果を出せる組織」であるために、特に大切なことは何だと思いますか。

冒頭にお話ししたサッカー同好会で、私はフォワードでポジションこそ花形ですが、けっしてスタープレーヤーではありませんでした。他のスタープレーヤーを支える献身的な役割を担うことが多かったと思います。その活動の中で特に感じていたことは、際どい試合で勝利をつかみ取るのはなぜか、スタメンだけではなく、ベンチメンバーや応援団の思いも強いチームなんです。そして、ラスト5分のみの出場ながらいい働きをした人や、陰で支えてくれた人にもスポットライトを当てることで、チームはさらに勢いづくものです。

ビジネスでも同じだと思います。「共鳴する仲間の数を増やしていくこと」が、モメンタムの高まりにつながり、組織全体のパフォーマンスを向上させてゆく。私はどんな場でも、良い結果が出た時は、実際に関わっている現場の人に「日々こんな取り組みをしてくれたおかげで、こんな結果が出ましたよ」と直接フィードバックすることを心がけていました。

西村さんは約8年もの間、セルマックで働いていましたよね。三菱商事からの海外出向は3年くらいで戻る方が多いと思いますが、西村さんはとても長いですね。思い入れも強いのでは。

私はサーモン養殖の事業がとても好きなんです。海という自然の恵みをお借りして、地域のコミュニティと共生しながら事業を行い、世界の人々に食を提供する──。とても素敵で価値のある産業だと思っています。

ですから、出向期間を決めるのは三菱商事なのですが、セルマック側にも「セルマックという会社の中で、キャリアアップを目指したい」と伝えていましたし、チリ駐在後に再びノルウェーに戻ったのも、「チリで培った現場感覚を改めてセルマック本社で生かしたい」という私の希望によるものでした。そうした思いで日々の仕事をしていたことが、結果として周囲の信頼を得ることにもつながったのかもしれません。

聞き手の玉川透GLOBE+編集長(左)とともに

2024年に日本に戻られてからは、また新たな挑戦が始まっていますね。

いまは二つのポジションを兼務しています。一つは、経営企画部の全社戦略開発室で、三菱商事の八つのグループを横断する事業構想の推進がミッションです。もう一つは、2025年2月に新しく設置されたスタートアップ投資の部門、CVC推進室の室長として、新たな技術や有望なビジネスを探索して投資し、将来の事業開発につなげる役割を担っています。

各グループとのコミュニケーションを密にとり、現場での経験も生かして「新しいビジネスの探索から事業開発まで」のグランドデザインを描けるよう、力を尽くしていきたいと思っています。

Self-rating Sheet

(自己評価シート)

西村さん本人が自分の「力」を
5段階で自己採点しました。

柔軟性: 「臨機応変にプレースタイルを変えられるのが自分の強みです。後方から支えたり、前で引っ張ったり、時には厳しい判断をしたり。ただ、軸にあるのはいつも『For the Team』。自身の虚栄心や意地ではなく、組織が『勝つ』ために行動できているか。必ず自分に問うようにしています」

語学力: 「社会人になるまで留学や海外生活の経験はありませんでしたが、語学の勉強が好きで、中高時代は英語、大学時代は中国語の語学学校にそれぞれ通って学んでいました。ノルウェー語やスペイン語を早期に習得できたのは、努力と気合によるものです(笑)」