「これで売れるはず」が大誤算 独りよがりを猛省
総合商社に就職しようと考えられた理由を教えてください。
父の影響が大きいです。父は商社でセメントや木材チップ、パルプなどの資材を取り扱っていました。父の駐在に同行するかたちで、私は3歳から幼稚園までサウジアラビアで、小6から中3までは南アフリカで生活しました。
思い出深いのは、多感な時期を過ごした南アフリカのヨハネスブルクです。最初は英語が全く分からず子どもなりに苦労をしたと思うのですが、それでもすごく楽しかった。修学旅行は、野生動物のいるサバンナみたいな国立公園でのキャンプでしたね。
父は家で仕事の話をあまりしない人でしたが、時折、環境ビジネスのことを教えてくれたり、ウッドペレット(木材から作った固形燃料)の現物を見せてくれたりしました。次第に、「自分もグローバルな場で社会に貢献したい」との思いが生まれ、総合商社への道を考えるようになりました。
三菱商事に入社した後は、キャリアの大半を自動車事業で重ねていますね。
2007年に入社し、自動車事業本部に配属されました。インドネシア担当として貿易実務、受発注・出荷などの業務を担った後、4年目の2010年からインドネシアのPT. Krama Yudha Tiga Berlian Motorsに出向、2012年からは、現地の商品企画担当として、現場と三菱自動車と連携しながら企画・開発を進めていく立場となりました。
当時のインドネシア事業の課題の一つが、「乗用車」事業の強化でした。インドネシアは長年、トラックなどの商用車が強い一方で、乗用車はライバル企業に押され、マーケットシェアは2〜3%にとどまっていました。パジェロスポーツ(トライトン・ピックアップトラックをベースにしたSUVモデル)はヒット車となりましたが、それに続く商品として期待された「アウトランダースポーツ」(日本名で「RVR」)の販売は低迷していました。
それで、RVRのマイナーチェンジに着手したわけですね。
ユーザーの不満として多く寄せられていたのは、「後方座席の背もたれの角度がきつすぎる」という声でした。トランクに多くの荷物を載せるための設計なのですが、日本やヨーロッパと比べて大人数で乗車することの多いインドネシアでは、リクライニングが不十分で「座り心地が悪い」と不評だったのです。
そこで、三菱自動車の商品企画・開発と相談をして後方座席の角度を倒す改良をしました。デザイン面も、フロントグリル(車の正面の“顔”にあたる部分)や、オーディオなどのパネルを変更。改良版として再発売をしました。
ところが、改良版でも結果は出ませんでした。なんとか挽回(ばんかい)しようとタスクフォースを作って対処しましたが、販売の回復には至らなかった。苦しかったですね。いまになって思うと、「売り手の独りよがり」のような部分があったのかもしれません。不満な点を解消すれば売れるだろうと思い込んで、お客様の声を聞き切れていなかったのです。
ショッピングセンター通いでつかんだ使い方の実態
その苦い経験が、新モデルの商品企画に生かされていくわけですね。
RVRの改良から少し遅れるかたちで、2013年から着手していたのが、三菱自動車の「エクスパンダー」プロジェクトで、インドネシアをメイン市場とした新型車として検討がスタートしました。インドネシアの事業としては願ってもないチャンスで、徹底的に市場の声を聞き、生活や文化に根ざした新商品にしたいと思いました。
まずは車の使い方の実態を探ろうと、三菱自動車の開発や商品企画の担当者と一緒に顧客調査を実施。その一つとしてショッピングセンターの車寄せや駐車場に通い詰めました。運転は誰がしているのか。車から何人出てくるのか。どの席に誰が座っているのか。どういう荷物を下ろすのか。店では何をどのくらい買って帰るのか。長時間にわたる駐車場での観察を30回近く行いました。
先ほどお話された「売り手の独りよがり」の反省を生かして、ということでしょうか。
「やれることは全部やろう」という思いで、他にもアンケートやインタビュー調査、ユーザーのご自宅も訪問させてもらい、暮らしぶりを見せてもらいました。
面白かった発見の一つが、車の中に靴を置く人が多いということ。インドネシアの人は、運転時のものとは別に、オフィスで履く靴や運動時の靴、遊びに行く時のおしゃれな靴などを持ち運ぶのだそうです。エクスパンダーのトランクに、靴を入れるスペースがたっぷり設置してあるのはそのためです。
また、現地で人気の家具店も視察。木目調のパネル一つにしても、私たちが感じる高級感とインドネシアの方が感じる高級感が違ったんです。高級家具を重点的に見て回り、ターゲット層が憧れるデザインや質感をインプットするよう努めました。
こうしてターゲットの生活やニーズに直接触れることで、開発や商品企画の担当者、デザイナーなど、プロジェクトに関わる多様な立場の人が「解像度の高い顧客像」を描けるようになった点は、とても大きな意味があったと思います。
エンジンをめぐる苦悩 開発担当の言葉が支えに
ところが、エンジンに関しては懸念点があったそうですね。
実はこのプロジェクトが始まった当初は、当時ASEANで発売されたばかりの小型車と同じ1. 2リットルエンジンを搭載する方向で検討が進んでいました。コストの観点に加え、プラットフォーム(車体のベースとなる骨格)の制約があったためです。一方で、競合は1. 3〜1. 5リットルクラスが主流。現地ではエンジンサイズが大きい車が力があって格上の車、というイメージを持たれていたので、後発である我々がエンジンサイズで見劣りしてしまうと、正直厳しいなと感じていました。
さらに、走行テストで課題が浮き彫りになった、と……。
ジャカルタ南部には、週末に渋滞するほど人気のレジャーエリアがあります。起伏があり、坂道も多い地域です。実際の使用環境を想定して、エクスパンダーと同等の重さにした試験車を走らせてみたところ、1. 2 リットルエンジンでは、坂道を上るのが苦しいという結果に。
開発の方で改良を加え、数カ月後に日本で再試乗もしましたが、やはりこのままでは厳しいと感じました。打開策が見出せないなか、プロジェクトを進めるためには妥協すべき、という意見もありましたが、私はギリギリまで粘る姿勢を崩しませんでした。「できる限りの改良はやりましたが、もし厳しいと判断したら、NOと言ってくれてかまいません」とある開発担当者が背中を押してくれたからです。交渉を続けていると、別の担当者が「設計が変わるので簡単ではないですが、このように工夫すれば、できなくはないと思います」と、突破口につながる意見を出してくれました。
少しでも可能性があるなら、と開発責任者に頼み込み、インドネシアに戻りました。後日、三菱自動車の開発責任者から「1.5リットル、搭載できることになりました」との一報が。開発には相当な苦労があったと想像しますが、知らせを受けたときは本当にうれしくて、その場で大きなガッツポーズをしたのを覚えています。
エクスパンダーの反響は、いかがでしたか。
実は、現地でのローンチの1年ほど前に私は三菱商事への帰任が決まって東京に戻っていましたが、どうしても直接見たくなり、休暇をとって家族みんなでインドネシアに向かいました。
モーターショーの会場に着いて驚きました。三菱自動車のブースに、とんでもない数のお客さんが殺到して人だかりができていたんです。こんな光景を見るのは初めてでした。その後しばらくの間、エクスパンダーには受注が殺到し、納車待ちの状態が続いていたと聞きました。
草野さんは、当初からエクスパンダーの成功を確信していましたか。
インドネシアの乗用車販売は苦戦しており、プロジェクトが始まった当初、社内には「乗用車を売る力はないのではないか」といった声も上がっていました。ただ、当時の私は、なんともしても結果を出したいという思いで、とにかく成功を信じてがむしゃらでした。「売れる車にするために、自信をもってやっています」と。真剣に取り組んでいた分、意見がぶつかってしまうこともありましたね。
エクスパンダーの発売の1年前、現地スタッフを中心とした社内横断チームの提案に基づいて、現地で発表したスローガンが「Brand New Day」。これは「新しい日々の始まり」というお客さまに向けたメッセージであると同時に、インドネシア事業が「新たな挑戦のステージへ踏み出す」という我々の決意を込めたものです。プロジェクトが進んでいくにつれて、まさにこのスローガン通り、「やるぞ!」という前向きなエネルギーで社内が一つにまとまり、社外も含めて応援してくれる人が少しずつ増えていくのを感じました。
このプロジェクトの一員として、素晴らしい仲間たちとともに挑戦できたことに、今でも心から感謝しています。インドネシアで一緒に取り組んでくれた仲間はもちろん、エンジン搭載に向けて現場の声に耳を傾け、何とか応えようと懸命に取り組んでいただいた開発の方々。私にとって彼らは間違いなく「ヒーロー」です。今でも当時の仲間たちと会うと、「あのとき頑張ってよかったよね」と盛り上がります。
ディーラーとの契約解消も シビアな決断の裏で
2018年からは、ベトナムの担当となって現地に赴任されました。
当時、ベトナムの自動車市場は税制変更の追い風を受けて拡大が見込まれており、Mitsubishi Motors Vietnam(MMV)の販売体制強化による事業拡大が求められていました。ちょうど、エクスパンダーがベトナムでローンチされた時期だったので、インドネシアでは「企画する」立場だったエクスパンダーに、今度は「販売する」立場で携われると思うとワクワクしました。MMVの成長にぜひとも貢献したいという思いで赴任しました。
現地に行ってみると、ディーラーさんとの関係に課題を感じたとか。
初めて出席した全国のディーラー幹部が集う販売会議の雰囲気は、決して良いものではありませんでした。MMVに対して商品や販売施策についての不満をぶつけるディーラー幹部が何人かいたためです。そこで、どのような課題があるのかを理解するために、当時全国で約30店舗あったディーラーを順番に訪問し、ショールームなどの現場を見て、幹部一人一人から話を聞きました。MMV側で改善すべき課題が見えてきた一方で、こちらの要請に真摯(しんし)に取り組んでくれているディーラーもいれば、ほとんど取り組みが見られず、結果も出ないまま不満を口にするディーラーもいました。
この状態を放置することは、MMVの中長期的な成長にとって望ましくない。そう考え、低パフォーマンスのディーラーと、きちんと向き合うことにしました。まず、業績を改善するためのアクションプランを共に作り、実行を促す。その振り返りや、次なる改善、話し合いといったプロセスを、1年ほどかけて粘り強く実施しました。それでも改善が見られず、残念ながら契約解消に至ったディーラーもいます。
ディーラーの解約というのは、関係者にとって非常にシビアな決断であり、実際私は厳しい言葉も投げかけられました。一緒に取り組んでいたベトナム人スタッフには、私以上に厳しい言葉やプレッシャーがかかっていたと思います。ですが、改善が見込めない状況をそのままにしておくことは、MMV全体の成長のためにも避けなければならないと考え、実行しました。そんな中、あるベトナム人スタッフに言われた「この会社の将来のために必要なことだと理解しています。あなたについていきます」という言葉は忘れられません。誠意を持ってやり抜こう、とあらためて心に決めた瞬間でした。
ベトナム駐在中には、コロナ禍にも見舞われましたね。
2021年7月から、ベトナムの南部地域では約3カ月間にわたるロックダウンが実施されました。町はガラーンとして空っぽ。映画のワンシーンのような恐ろしい光景でした。
気がかりだったのは、営業停止を余儀なくされたディーラーや販売員をはじめとする従業員のことでした。私たちは、全国のディーラー幹部にオンラインでヒアリングを行い、現場の実情と要望を聞き取りました。その声に基づいて、販売員のモチベーションを維持し、事業を支えるため、オンライン営業を後押しするインセンティブ施策など、少しでも販売現場の負担を減らしながら動きを止めない工夫を重ねました。コロナ禍が少し落ち着いたあるとき、何人かのディーラー幹部から「ディーラーの声に耳を傾けてくれるMMVの姿勢が好きだ」という声をもらえたことは本当にうれしく、現場の声を聴くことの大切さを改めて感じました。
様々な困難はありましたが、ベトナム赴任中の6年間で、三菱自動車のマーケットシェアは2〜3%から約13%へと拡大し、エクスパンダーは競合他社を含む全モデルの中で2年連続、ベトナムで「最も売れた車」となりました。同じ目標に向かって様々な議論を重ね、前に進み続け、支えてくれたMMVの仲間やディーラーの皆さんには、心から感謝しています。帰国する際は、ディーラーの皆さんから「Kusanoありがとう」「エクスパンダーNo.1おめでとう」というメッセージと、デコレーションしたケーキまで用意してくれたんです。その時は胸がいっぱいになりましたね。
2024年からは、日本で新たな業務に就かれていますね。
いまは、次世代モビリティ事業開発部で、主に国内の「地域交通」の領域を担当しています。その一つが「AIオンデマンドバス」です。
日本ではいま、路線バスの維持が難しくなっている地域が少なくありません。AIオンデマンドバスは、乗りたい人がアプリで配車予約をすると、乗りたい場所の周辺から降りたい場所の周辺まで、好きな時間に移動できるという仕組みです。乗り合い状況や道路状況に応じて、AIが効率的なルートを生成するので、乗車時間の短縮にもつながります。その時々の需要に応じて運行するので、運用コストの改善やCO2の削減にも貢献できます。こうした取り組みは日本全国で少しずつ広がってきており、三菱商事が携わっている事業では約80カ所の地域で導入が進んでいます。
どれほどオンラインが便利な時代になっても、やはり実際に人が「移動」することによって、街も人も活気づくものだと思います。これまでの経験を生かして、今後は地域交通の面から、地域の課題解決に貢献できるよう頑張っていきたいと考えています。