チアダンスと三菱商事 
意外な共通点とは

藤井さんが話している様子

学生時代は、ダンスに打ち込んでいたそうですね。

中高時代はダンス部で、大学では準体育会のチアダンス部で活動していました。チーム演技の面白さはもちろん、わずか2〜3分間の本番のために1年間コツコツと努力を重ねるところが、性に合っているというか、すごく楽しかったんです。学生時代最後の全国大会で2位を獲得できたことはいい思い出です。

OB・OG訪問で三菱商事の方にお会いした時に、チアダンスの話をすると、「商社のビジネスも近いものがあると思う」と言われました。「商社って華やかなイメージがあるかもしれないけど、実際は長い年月をかけて皆で地道な努力をしていく仕事なんだよ」と。そのお話に感銘を受けたのと、メーカーのようにものを作り出す立場ではないけれど、新たなビジネスを創出するという非常にクリエーティブな能力が求められるという点に魅力を感じ、三菱商事を志望しました。

入社後は、IT支援やDX(デジタルトランスフォーメーション)推進を主としたキャリアを歩んでいますね。

2007年に入社し、当時の生活産業グループで、アパレルの営業を経験しました。その後、希望して本社や事業会社のIT支援やDX推進に関する業務の担当に。当時対面していた業界で、例えば手書きの納品伝票を紙で管理するなど、かなりアナログな会社もまだあり、こうした課題解決の一助になりたいと思ったこと、そして自分の強みとなる専門領域を持ちたいと考えたことがきっかけです。

実は、入社当時の私は、ITはむしろ苦手な分野でした。「プロトコル? それ何ですか?」といったレベルで……。でも苦手だからこそ克服しておきたいという思いと、今後ますます必要とされるだろうこの分野で貢献したいという志もありました。

異動後は、研修の機会を数多くいただいたほか、OJT(On the Job Training)で先輩や周りの方に教えていただきながら、徐々にITやDXのスキルを身につけていきました。

AIより長年の勘? 
IT・DX化の難しさにも直面

具体的には、どのような業務を担当していたのですか。

私が携わっていたのは、三菱商事や事業会社の社内システムの改善や追加開発、運用のサポートなどで、主に担当していたのは、システムの開発・改善の土台となる「要件定義」の部分でした。

例えば、「ヘルスケア医材」を扱う会社の倉庫内オペレーションの効率化。注射器やガーゼなどの倉庫に足を運んで実際の物の流れを確認したり、現場の担当者に使いにくい点をヒアリングしたりして、現行の業務や既存システムでの問題点を洗い出し、改善点を明確にしていきました。2010年代は、倉庫内のオペレーションがいわゆる“職人技”というか、人の経験値に依存している部分がまだ多く残っていました。そんな中でも、デジタル技術ができることと、人だからできることをうまく融合させることで、AIを活用したより効率的な需要予測をしようと試行錯誤していました。

そのほか、アパレル関連のシステムの改善、食肉の会社の経理オペレーションの効率化、RPA(定型的な反復作業の自動化)による業務効率化など、幅広い業界の多様な案件に携わることができました。現場での長年のやり方や意識を変えることの難しさ、経営層と現場の意向を丁寧に擦り合わせていくことの大切さなど、その後の業務においても役立つ気づき・学びも多々ありました。

藤井さんが話している様子

IT・DX人材の育成にも携わったそうですね。

自分自身がまさに社内で育成してもらったので、「どのようなステップで学べば分かりやすいか」という実感や「IT・デジタルが苦手な人の気持ち」への共感を、人材育成に生かしたいと考えました。

最初は、社内研修講師として、三菱商事の社内システムの活用法や業務との関連をレクチャーしました。その後、商社パーソンにとって必要なデジタルスキルや、三菱商事が目指す「DX人材」像を明確にするとともに、経営層や各階層向けの研修プログラムを外部企業と企画・実施しました。さらに、IT人材を育てるための新人育成制度設計と運用を担い、インストラクターとして新人の指導にも携わりました。

そんな「人を育てる」仕事が、さらなる「夢」につながっていったそうですね。

はい。「いつかIT人材の人事業務に携わりたい」と思うようになって、上司にも希望を伝えていました。チャンスは思いがけずやってきました。2021年に、DXコンサルティング事業を手がける会社を設立することが決まり、かつての上司から「人事を担当してみないか」と声をかけていただきました。私が話していたのを覚えていてくださり、チャンスをいただけたことが本当にうれしかったです。私は立ち上げメンバーとして出向し、役職や給与体系をはじめ、人事制度をゼロから作り上げていきました。

最も注力したのが、DXコンサルタントのキャリア採用です。応募してくれた方たちの一人ひとりに大切な人生があり、誰もが覚悟を持って次のキャリアを築こうとしている。それを受け止める責任を感じながら、この転職が彼ら彼女らの人生にとって本当に良いものになるだろうか、と常に真剣な思いで向き合っていました。私よりデジタルの世界に何倍も詳しい人を採用するという大変さはありましたが、こうした「人と人とのつながりを作っていく」という仕事に大きなやりがいを感じ、とても充実していました。

ブランクを経て再入社 
多忙で学校行事を忘れたことも

少しさかのぼってお話を聞かせてください。藤井さんは2012年に一度退社されているとか。

入社6年目の2012年、私は一度退社して、夫のニューヨーク駐在に同行することを決意しました。
その後、妊娠・出産を経て、娘とともに一足先に日本に帰国しました。娘が2歳になる2015年に、三菱商事の再雇用制度(*1)を利用して再入社しました。実は仕事から離れていた3年の間、徐々に「早く戻って働きたいな」という思いが湧き上がっていたので、無事に復帰できてとてもうれしかったです。

*1「配偶者の国内外転勤同行に伴う再雇用制度」

三菱商事の社員が配偶者の国内外転勤に同行するために退職する場合、一定条件の下、再雇用する制度。いままで培った経験やスキルを生かして、再び活躍してもらうことを目指している。

夫のニューヨーク駐在に同行し
3年間を過ごした(藤井さん提供)

夫の海外赴任のなか子育てをしながら働くのは、苦労も多かったのでは?

保育園では良いスタッフさんに支えていただきましたし、当時は母の助けもあったので、恵まれていた方だと思います。もちろん、熱が出た、風邪をひいたなどの呼び出しは日常茶飯事でしたし、鉄棒遊びで鎖骨を骨折した娘を夜通し看病する……なんていう日もありました。体力的にはだいぶしんどかったですが、チアで鍛えていたから乗り越えられたのかもしれません(笑)。

職場復帰をしてから早11年目となりますね。

娘はもう小学6年生なのでしっかりしているのですが、私自身の失敗談はまだまだあります! 学校の個人面談を失念してすっぽかしてしまったり、お弁当が必要な日であることを忘れて出張に出てしまったり……。後日、「お弁当は自分で作ったよ」と聞いた時は、悪かったなと反省しつつ、親がこんな感じだと子どもはたくましく成長するんだなあと感心します。

ちなみに、塾でお弁当が必要な時なども、娘はレシピ本を見ながら、生姜(しょうが)焼きや卵焼きを楽しそうに作っています。海外出張のたびに泣かれるのは胸が痛みますが、「私もママみたいな大人になりたいから頑張る」なんてことも言ってくれて、本当に救われます。

夫は5年間のニューヨーク駐在を終えて2016年に日本に帰国。ただ、2年前からはメキシコに単身赴任しているので、ふたたびいまは娘と2人暮らしです。現在は義理の両親が、出張時に娘を預かってくれるなど、日頃からすごく助けてもらっています。

あらためて振り返ってみると、会社の上司や仲間、保育園や学童保育、小学校の先生方、そして家族の理解と協力のおかげで、ここまでやってこられたのだとつくづく思います。関わってくれた皆さんに心から感謝しています。

子育てのしやすさという点において、三菱商事の制度や風土はいかがですか。

会社の制度には大変助けられています。時差勤務やフレックスタイム制が認められているので、ある程度フレキシブルに働けますし、託児施設やベビーシッターの割引クーポンなどのサポートもありがたいです。

また、子育てとの両立のことで会社の「メンター制度(*2)」を活用して相談にのっていただいたこともあります。「やりたい仕事があるなら、遠慮せず伝えてみたら。私が上司だったらまずその思いを聞きたいと思うよ」といったアドバイスをいただいて、迷いが吹っ切れました。

*2「メンター制度」

女性のキャリア形成を支援するため、組織を率いる役割を担う社員などに対し、他部門の執行役員や経営幹部層の社員がメンターとして就き、定期的に対話する制度

何より、私にとって一番大きいのは、常に仕事への思いが継続できるような、ある意味「遠慮のない」アサイン(割り振り)をしていただけていることです。私はある時期、夫が不在の中での子育て、病気がみつかった母の看病など、様々なライフイベントが重なり、働き方に一定の制約があり精神的にもしんどい時期が続きました。いまも、プライベートとの両立に時に歯を食いしばる瞬間もあります。
そんな中でも、最大限の配慮をしつつ、仕事のオファーをくださったこと、挑戦のチャンスをいただけていることは、一人のビジネスパーソンとしてとてもうれしいことです。そのおかげで、常に仕事への情熱を失うことなく歩んでこられていると思っています。

日本の医療を世界の人に 
新たな挑戦は続く

いま担当している「メディカルツーリズム事業」とは、どんなビジネスですか。

「メディカルツーリズム」とは、医療を受けるために外国を訪れることです。私たちは、海外の方に日本に来てもらい、高度かつ精密な日本の医療を受診していただくという、医療ツーリズムを展開しています。これは医療を核としたインバウンド事業と言えます。クリニックなどの空き枠を活用することで、新たな医療の収益を生み出し、日本の医療機関への貢献にもつながるビジネスです。現時点では、治療というよりは、検診(主に人間ドック)サービスを提供しており、今後は例えば1〜2週間ほど日本に滞在して、提携クリニックで人間ドックを受けるとともに、観光したり日本食を食べたりして心身ともに健康になってもらう、ウェルネスツーリズムの提供も目指しています。

まだ始動したばかりで、2025年1月に、合弁会社「Noage International(*3)」を設立。ベトナムやインドネシアなどのアジア諸国を中心に、マーケティング・営業活動をしています。私は兼務出向というかたちで同社の取締役副社長を務め、インターナショナル部門の部門長として海外営業の統括も担当しています。

*3「Noage International(ノアージュ インターナショナル)」

リゾートトラスト株式会社のグループ会社である株式会社アドバンスト・メディカル・ケアと三菱商事が共同で設立した合弁会社。「年齢にとらわれない健康長寿」の実現を目指し、日本が育んできた医療・ウェルネスの価値を、世界へと届けることを目的としている。

新たなビジネスの立ち上げとなると、ご苦労も多そうですね。

そうですね。協業に向けた海外の事業者とのオンライン会議は、当初なかなか話が進みませんでした。国の規制が絡む込み入った話であることに加え、通訳を介したオンライン上のやり取りのため、質問と回答がかみ合わないこともしばしばでした。

状況が好転していったのは、何度も相手の国に足を運ぶようになってからです。こちらの本気度が伝わったこともあるでしょうし、何げない雑談やコミュニケーションを通して、互いの人となりを分かりあえたことも大きかったと思います。また相手のリアクションや表情から「何に引っ掛かっているか」が分かるので、複雑な交渉も少しずつ解きほぐして話を進めていけるように。デジタルツールが浸透した今日だからこそ、あらためてFace to Faceの大切さを実感しました。

マーケティングのため、ベトナムの
病院を訪問(藤井さん提供)

いま、仕事の面白さ・やりがいをどんなところに感じていますか。

私は日本の素晴らしいものやサービスを海外の方に知ってもらいたい、という思いが強いんです。中高時代に色々な国に短期留学をしたり、夫の駐在でニューヨークに住んだりした中で、それぞれの国・地域の良さを知ると同時に、日本のサービスのレベルの高さ・繊細さをあらためて感じるようになったからだと思います。日本にいると当たり前に感じるコンビニも、細部までお客さんへの配慮が行き届いているし、一つひとつの商品のクオリティーが本当に高いですよね。

今後、日本が海外諸国と渡り合っていくうえでは、日本の「食」「文化」に加えて、やはり「医療」の分野は大きな強みになると思っています。ですから、メディカルツーリズム事業にはとても大きな可能性を感じており、日々ワクワクしています。

これまでの私のキャリアは、周囲の皆さんに常に助けていただきながら、歩んできたものでした。これからは、私自身が若い世代や周りの皆さんを支える力になれるように、そして社内外問わず「あなたと一緒に働けて良かった」と感じてもらえるようなビジネスパーソンになれるよう、努力を重ねていきたいと思っています。

聞き手を務めた玉川透GLOBE+編集長(左)と

Self-rating Sheet

(自己評価シート)

藤井さん本人が自分の「力」を
5段階で自己採点しました。

藤井さんが自分の「力」を自己採点したレーダーチャート。行動力4、柔軟性2、持続力・忍耐力5、決断力4、体力5、探求力4

競争心: 「誰かと比べて負けたとか遅れているなどということは、全然気にしないタイプです。ただ、自分自身に対しては相当な負けず嫌いだと思います。昔から、自分で決めたことをできないのは絶対にイヤなんです」

行動力: 「『明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい』という言葉が好きです。自分は今日、ベストを尽くして行動できただろうか、と自問自答することも」

洞察力: 「その日その日にフォーカスしがちなので、もっとロングスパンで考えたり、ゴールから逆算したりする思考が足りていないのでは、と思うことが」