誰もが安心して暮らせる社会をつくるために。「いま、私たちに必要なこと」を考えます。
いまも、世界人口の半数以上が、基礎的な保健医療サービスを受けられない状況にあり、誰もが必要な医療を受けられる世の中の実現に向けて、国際社会でも対策に取り組んでいる。その手段の一つとして注目を集めるのがデジタル技術を活用する動きだ。世界に広がる香川発の取り組みを取材した。

人と人をつなぐ技術で
医療をもっと多くの地域へ
香川県はかつて、高い周産期死亡率(妊娠満22週以後の胎児と生後1週未満の早期新生児の死亡率)に悩まされていたが、近年は全国トップクラスの水準まで大きく改善。
その立役者が、ICTを使った医療の試みだ。県内の医療機関が持つ情報をデータセンター経由で共有するシステム「かがわ医療情報ネットワーク(K-MIX+)」では、患者の電子カルテを複数の病院で参照し合ったり、遠隔地の専門医に画像を見せて診断してもらったりできる。
こうした技術は、出産に関わる医療で既に効果を発揮している。K-MIX+に先だって立ち上がった「周産期電子カルテネットワーク」と、胎児の心拍を超音波で測定してモバイルでデータを送る小型機器「プチCTG(胎児心拍転送装置)」を併用することで、妊婦がどこにいても医師が母体と胎児の健康状態を把握できるのだ。開発を手がけた香川大の原量宏特任教授はこう語る。
「香川は島が多く、設備の整った中核病院で定期検診などを受けるためには船で半日以上かけて通院しなければならないなど、妊婦にはつらい環境でした。『プチCTG』を使うことで、措置が必要な妊婦だけを判別して中核病院に搬送することができるようになりました」
開発当時は患者のデータを他の病院と共有する考え方が根付いておらず、医療関係者から反発も強かったという。データをバックアップできるため災害の際にも患者の情報を失わずにすむなどの利点が理解されるようになり、次第に参加する医療機関が増えてきた。

この香川県の取り組みに、海外からも注目が集まっている。タイ北部のチェンマイ県では、国際協力機構(JICA)の草の根技術協力事業として、香川県をモデルに「プチCTG」などを使った遠隔医療システムを導入。2014年からチェンマイ大学医学部付属病院と産科専門医のいない遠隔地の病院3カ所をネットワークで結び、今年からはネットワークをチェンマイ県全体に広げる試みが始まっている。
「母体の負担軽減に加え、現地の医師や看護師が中核病院の産科専門医からテレビ会議で指示を受けることで、知識やスキルが向上するという効果も出てきています」(原特任教授)
昨秋にJICA四国が行った遠隔医療などの研修には、11カ国が参加した。アフガニスタン、ミャンマーなど山間部が多い国や、サモア、フィジーなどの島国からの参加者が目立った。JICA四国の波多野誠氏はこう語る。
「近年、ICTのインフラ整備が世界中で進んでいます。農村地域でもスマートフォンなどを用いたインターネットの利用が可能となってきました。中山間部や島しょ部など医師が少なくインフラが整わない地域でも、質やアクセスの面で短期間で医療環境を改善する方法として、遠隔医療が注目されていると考えられます」
技術の活用で、医療サービスが世界の隅々まで行き渡る。そんな未来が、すぐ近くまで来ているのかもしれない。

三菱商事は、遠隔医療やAIを活用した医療サービスを手掛けるスタートアップ企業との協業を開始するなど、ヘルスケア分野での新しい取り組みを進めています。
2018年9月2日 朝日新聞「GLOBE」掲載
