あしたの地球に

誰もが安心して暮らせる社会をつくるために。「いま、私たちに必要なこと」を考えます。

世界の食料廃棄量は年間約13億トン。生産された食料のおよそ3分の1を食べずに廃棄していることになる。大量消費社会の日本にとっても、食品ロス問題は避けて通れない課題。解決策の一つとして期待されるのが、気象データを用いた新たな取り組みだ。

気象ビッグデータで食品ロス問題に挑む

気象ビッグデータで
食品ロス問題に挑む

大量消費社会の現代では、日々、多くの食品が賞味期限切れで廃棄されている。日本も例外ではない。各社が食品ロスの削減に取り組んでいるが、消費者の手に渡るまでに複数の企業が関わる中、道筋は単純ではない。

日本気象協会が2017年に開始した「商品需要予測事業」は、こうした問題に一石を投じる試み。同事業では気象ビッグデータを元にした需要予測で、生産から小売りまでのサプライチェーンの連携を後押しし、食品などの廃棄量を削減することを目指している。

プロジェクトを発案した日本気象協会主任技師の中野俊夫氏はこう語る。

「気象衛星の普及などにより、気象予測の精度はこの15年で30%向上しています。得られたビッグデータを社会に役立てたいと考えたのが出発点です」

14年、経済産業省の補助事業として気象データ活用の実証実験が始まった。初年度から参加したのが豆腐メーカーの相模屋食料(本社・前橋市)だ。

これまで毎日の豆腐の生産数は、担当者の経験則に基づいて決めていた。中野氏らは過去のデータの解析から、天候によってどれだけ需要があるかを予測する「豆腐指数」を開発。相模屋食料は毎日、日本気象協会が送る指数を元に生産数を決めるようになった。同社の鳥越淳司社長が語る。

「冷ややっこに使われる寄せ豆腐は、暑い日ほど多く売れます。ただ、同じ気温30度でも、涼しい季節に急激に気温が上がったほうが人は暑さを感じる。試行錯誤を繰り返し、豆腐指数はこうした『体感気温』を指数に反映できるよう工夫していただいています。導入後、需要予測の精度が30%向上しました」

実験はさらに進んだ。当時、相模屋食料は、小売店からの豆腐の注文を出荷前日に受けていた。豆腐の生産には2日かかるため、注文数を予測して個数を決めていたが小売店の協力を得て発注のタイミングを1日前倒してもらい、受注後に生産を始めることができるようになった。これにより、相模屋食料の需要予測誤差は実質ゼロに。小売店側は発注の時期が早まることで在庫リスクを負うが、「豆腐指数」の活用で予測精度はむしろ向上。全体としてロスの大幅削減につながった。

ビッグデータを解析する日本気象協会主任技師の中野俊夫さん(写真中央)

こうした成果が背景となり、プロジェクト3年目には参加企業・団体は31まで増え、17年度からは日本気象協会単独の事業として“独り立ち”した。経済産業省消費・流通政策課の加藤彰二係長が語る。

「日本全体としての食品ロスを削減するには参加企業をどんどん増やして規模を拡大していく必要があります。このような取り組みを通じてサプライチェーン内の事業者間の連携が進むことで、生産消費形態の効率化が進むことが期待されます」

気象データによる需要予測は理論的には世界中を対象にできるという。中野氏はこう語る。

「全産業の3分の1が何らかの気象リスクを持っていると言われます。気象データを活用できる分野はまだ多くあるはずです。業種の壁を超えて連携していくことが鍵。気象予測に基づいた需要予測があらゆる分野で社会のインフラとして当たり前に利用できる社会にしていくことで、課題解決に貢献できればうれしいです。世界にもそうした動きを広げていければと思っています」

試みは始まったばかり。持続可能な社会を求める消費者側の意識も普及の後押しになるはずだ。

2018年10月7日 朝日新聞「GLOBE」掲載