社外取締役 鼎談
当社のコーポレートガバナンスの実効性向上に、強いコミットメントをもって関与してきた社外取締役の方々から、経営戦略の策定・モニタリングや大型投資の意思決定にどのような形で関与されているか、また、今後の当社への期待についてお話を伺いました。
まず、経営戦略2027の策定時を振り返って、審議に当たり意識したことやポイントとなったことについて教えてください。
立岡私はもともと、“中期”経営戦略を作り、それに基づいて経営することには、やや懐疑的な思いを持っていました。現在のように外部環境が大きく変化する時代に、毎年、計画に対し、できた・できなかったという議論をすることに果たして意味があるのかという問題意識です。
重要なのは、コアとなる目標を置いた上で、外部環境や内部状況の変化を踏まえ、柔軟かつ機動的に戦略を打っていくことだと思います。今回、“中期”経営戦略ではなく経営戦略として打ち出したことは、単なる名称の変更ではなく、そうした考え方を示すものだと受け止めています。
鷺谷私は、中期経営戦略2024が既に策定されている段階で取締役に就任しました。当初は、特にDX領域やEX領域で、非常にチャレンジングな案件も多く、正直「どこまでうまくいくのだろう」と感じる場面もありました。
そこから約3年間、現場の方々が実際に手を動かし、試行錯誤を積み重ねてきました。その経験が、今回の経営戦略2027(以降、経戦2027)にしっかり反映されていると感じています。DX領域については、AIを活用して、単なる実証ではなく、事業投資先や社会への実装を進めており、また、EX領域でも、低・脱炭素化に関わる外部環境変化を捉え、不確実性が高い状況でも、地に足を着けて着実に前に進めている点は非常に評価しています。
公表から1年半たちましたが、経営戦略の進捗を含む、執行側の取り組みについて、どのような観点でモニタリングしていますか。
宮永進捗をモニタリングする際に一番意識しているのは、短期で成果を出すべき取り組みなのか、中長期の成長につなげるべき取り組みなのか、その見極めです。特に前者の場合、短期の取り組みを中長期目線からどのように取り進めていくか。例えば、所期の成果が出たら撤収するのがよいか、得られた知見から更なる価値向上を目指す余地があるのかなど、執行側がいかなる思考を巡らせるかを見るように、意識しています。
また、一般的に、グローバルビジネスは、国内ビジネスに比べて、規模が大きく、得られるメリットも大きい一方で、失敗のリスクも大きい。そのため、グローバルビジネスに取り組む際は、当社として、一定の経験値がある領域なのか、様子見が必要な領域なのかを見極めながら、モニタリングしています。
立岡私が常に意識しているのは、会社全体の方向性が一致しているかどうか、です。取締役会におけるモニタリングの年間サイクルとしては、まず期初に、社内の経営戦略会議※の結果報告にて、全体経営の方向性や重要課題を確認、事業戦略会議の結果報告にて、各営業グループの目標や案件を確認します。そして期中には、各営業グループやコーポレート部局との対話を通じて、全社の経営戦略と、各ビジネス現場の実態との間にずれがないかを確認しています。そうした一連のサイクルが重要だと思っています。
鷺谷立岡取締役が仰る通り、現場のリアルな声を聞くことは、数字だけでは見えない進捗や課題を把握する上でとても重要だと考えています。この1年、経戦2027のモニタリングをする中で、個別案件についても「この案件は将来的に他の営業グループにどうつながるのか」「バリューチェーン全体でどのような価値を生むのか」という議論が、以前にも増して自然に行われるようになってきており、とてもよいと感じています。
- ※毎年、グループ戦略を議論する事業戦略会議に先立って、外部・内部環境およびそれを踏まえた全社の重要課題や経営戦略・方針を確認する会議。
今回、経営戦略2027で掲げられている、成長性と効率性の同時実現や、その実現に向けた価値創造メカニズムについて、どのように捉えられていますか。
立岡経戦2027では、成長性と効率性の同時実現のため、定量目標として、営業収益キャッシュフローと、ROEが掲げられています。
ROEについては、純利益をベースにしている指標であり、全社として一定の水準を外に示すことは、マーケットとの信頼関係を築く上で意味があります。ただし、多様な事業領域に同じROE目標を一律に当てはめるべきものではないことには注意すべきです。事業領域ごとに適した投資機会があり、それを精査・実行し、その結果として、全社のROEが高まっていくという見方が大切です。
宮永ROEは、投資家から見て分かりやすい指標であることは確かです。一方で、立岡取締役の仰る通り、当社のように多様な事業領域を持つ会社では、事業領域ごとに資本の使い方やリスクの取り方が異なります。従って、単にROEの結果を示すだけではなく、当社として、各事業をどう設計し、どのように資本を使い、どのようにリターンを上げていくのかを短期と中長期の考え方も含めて説明ができることが重要です。
立岡中長期的な企業価値向上に向けては、特に営業収益キャッシュフローが重要で、すなわちキャッシュ創出力を高め、そのキャッシュを次の成長投資に振り向ける、この循環をしっかり回す必要があります。そのためには、価値創造メカニズムの考え方がしっかりと現場に伝わることが重要であり、対話等を通じて、現場の受け止め方も確認するよう意識してきました。

宮永現場にどう伝わっているか、というのは重要なポイントですね。当社は、価値創造メカニズムを、磨く(Enhance)、変革する(Reshape)、創る(Create)と定義しています。「磨く」については、既存事業を“現状のまま”強化していくという意味ではなく、新しい地域への展開や、異なる市場ニーズへの対応等にかける当社の強みの模索を通じて、既存事業の中に新たな成長機会を見いだすという点が含まれています。「変革する」は、外部環境や事業の成熟度に応じて、事業ポートフォリオや資本の使い方を見直し、より成長性・効率性の高い形に組み替えていく視点だと捉えています。最後に、「創る」については、新しい事業を創ること自体が目的ではなく、当社の強みやバリューチェーンと結び付けて持続性のある価値を生み出す、ことが重要です。
鷺谷今回の経戦2027では、新規案件だけでなく、既存事業の中にも、成長に資する余地があるという考え方が、より明確になっていると感じます。その上で、既存事業をどのように「磨き」、その結果として事業がどう変わったのかを、社外・社内双方に向けてストーリーとしても分かりやすく発信することが重要だと思います。例えばDX領域であれば、「AIによって効率化した」という事実だけでなく、「それがどのように価値向上につながったのか」数字等で示せると、社内外により伝わりやすくなると思います。
価値創造メカニズムの中でも、「磨く」は一見すると地味に見えがちですが、ここにこそ価値があるという意識が、社内でも共通認識として根付いてきているように感じます。今後、これが良い形で成長のドライバーとなることを期待しています。
2025年度は大型投資案件の米国シェールガス事業がありました。最終判断に至るまで取締役会としてどのような議論がなされましたか。
立岡米国シェールガス事業については、当社が既に持っている下流のLNGの販売機能やトレーディング機能に、上流資産であるガス田を加えることで、ガスバリューチェーン全体をつなげるという点において、単体の投資案件としてだけでなく、当社のバリューチェーン全体の価値を高めるものであり、戦略的意義があると受け止めました。
一方で、投資規模が大きいので、上流事業への参入に伴うリスク、米国天然ガス市場の理解度、市況感応度、投資先の事業運営体制、米国の政策変更の影響など、確認すべき論点は非常に多くありました。取締役会では、それらを一つずつ丁寧に議論しました。
鷺谷この案件で特によかったのは、かなり早い段階から社外取締役に情報共有があったことです。会社によっては、このようなM&A案件は、その秘匿性に配慮し、最終段階に近づいてから社外取締役に示されることもあり得ると思いますが、本案件は初期段階から論点の共有がなされ、案件の進捗に応じて都度アップデートを受けながら、意見交換することができました。
特に後半では、立岡取締役の仰るような各種リスクがカテゴリーごとに整理され、それぞれの論点と対応策が示されました。その形で議論できたことは、最終的な判断に当たっての適切な材料になりました。
宮永私は当初、本案件を慎重に見ていました。一般的なシェールガス事業は、市況や規制の影響を受けやすく、不確実性が高いという認識があったからです。従って、当社が、シェールガス主体のビジネスの特性を本当に理解できているのか、投資先の人材を、当社としてどこまでコントロールできるのかを可能な限り具体的に確認しました。
その上で、最終的には、各種リスクとそれに対する備え、そして何より、バリューチェーン全体の価値創出の可能性を踏まえると、全体としてリスクとリターンの兼ね合いが十分に投資に値すると判断しました。
立岡投資案件は、意思決定した時点で終わりではありません。今後も、当初置いた前提が変わっていないか、継続的に見ていく必要があります。特に今回のような大型案件では、ある程度長い期間をかけて、当初の見立てが実際にどう実現しているのかを丁寧に確認していくことが重要だと思います。
2026年5月に公表された「カーボンニュートラル社会へのロードマップ2.0」の策定に当たり、社外取締役の関与や当社の体制、取り組みについてどのように評価していますか。
鷺谷ロードマップ2.0の策定に向けた議論では、当社にとって都合の良い情報だけではなく、課題や難しさも含めて率直に共有されてきた点を評価しています。カーボンニュートラルに向けた取り組みは、単に高い目標を掲げればよいというものではなく、どのような投資を行い、それに排出削減効果やリスクがあるのかを、精緻に分析した上で、事業の実態に即した目標を掲げることが重要です。そういった意味で、「ロードマップ2.0」は、2050年のネットゼロ目標を維持しながら、2030年に向けた現実的な道筋を示した点に、意味があると思います。
立岡まず前提として、カーボンニュートラルに対しては、従前よりしっかり取り組んできたと考えています。
自社が排出主体となる産業とは違い、多様な事業領域を持つ当社の場合、自社の直接的な排出であるScope1、2の削減だけではなく、投資先やバリューチェーン全体、すなわちScope3の排出にも目を向ける必要があります。従って当社が関与する事業を通じて、社会全体の低・脱炭素化に取り組むことも、重要です。そのため、取締役会としては、排出量の目標そのものだけではなく、事業ごとの特性、シナリオ分析、インターナルカーボンプライシング、座礁資産化リスクなども踏まえ、カーボンニュートラルに向けた取り組みが適切に行えているかを確認しました。
宮永気候変動への対応は、世界全体が試行錯誤しているテーマです。長期的には、科学や工業技術の進化やディスラプティブな発明などにより、現在の前提が大きく変わる可能性もあります。そのような状況下では、当社が個々の事業に関与する際に、常にその事業を通じて、「現状よりも改善する取り組み」をどう具体的に行うのか、説明できることが重要です。
単に排出量を削減するという量的な面だけではなく、効率的な生産、バリューチェーン全体での供給体制の工夫等、多面的な検討が必要であり、社外取締役としては、これらの検討状況と対外的な説明の妥当性を継続的に見ていくことが重要だと思います。
大型投資や、ロードマップ2.0の公表でも社外ステークホルダーとのコミュニケーションを強化していますが、株主や投資家の皆さま等、外から見た当社の評価を社外取締役としてどのように見ていますか。
宮永以前は、海外投資家から「総合商社は分かりにくい」と言われることも多かったと思います。ただ、最近では、総合商社各社の特徴が以前より理解されるようになり、その中で当社は、安心感のある着実な成長を目指す企業として見られているのではないかと感じています。
当社が、時代のニーズに合った領域で価値を高める活動をしていること、また、そのことをうまく対外的に説明できるようになってきたことが、市場からの理解につながっていると思います。
立岡CSEO体制を構築し、自分たちが何を考え、何を目指し、何をしようとしているか、情報発信をより活発に行えていることが外部から評価されていると思います。一方で、市場評価は多くの要因の結果であり、また、情報発信には終わりがないので、継続的に工夫、見直し続ける必要があります。

鷺谷当社の株式を保有する投資家には、長期的に安定した価値を求める方々が多いと理解しています。その意味では、これまでのトラックレコードや、持続的に価値を生み出してきた実績は重要な評価材料になっていると思いますので、引き続きその点は情報発信していくべきです。他にも、人的資本、人材育成への取り組みも、市場から評価されている要素の一つだと感じます。
ただし、立岡取締役の仰る通り、市場評価は会社側で決められるものではありません。外部からの評価を謙虚に受け止めながら、何を改善し、どのように発信していくべきかを考え続けることが大切だと思います。
立岡経戦2027の部分でも言及しましたが、今後に向けては、例えば米国シェールガス事業においても、個別案件の説明にとどまらず、稼いだキャッシュがどのように成長投資に活用され、全体としてどのような価値創造ストーリーにつながっているのかを、より分かりやすく示す余地があると思います。会社の戦略的な意思に基づく投資であっても、外から見ると単なる個別案件の説明に見えてしまう場合があるので、この両者間のつながりを、より一体感を持って説明することが重要です。

宮永当社は、ベンチマークとなる企業が必ずしも明確ではありません。総合商社内の比較だけでなく、より広い視点で、自社の企業価値や成長期待をどう位置付けるのかを考える必要があります。どのような企業と比較され、時価総額としてどのような水準が適切なのか。そうしたことも、今後さらに深掘りしていくべきテーマだと思います。
最後に、社外取締役を複数年務められ、社内から見た三菱商事の良い点、そして今後さらに成長するために心掛けるべきことを教えてください。
宮永三菱商事の良さは、時と共に変化する社会・経済や市場への適応力に加え、無謀な挑戦は避けつつも、常に挑戦をしようとする姿勢を持っていることだと思います。若手から経営層まで、それぞれの経験やキャリアに応じて、自ら考え行動する。そのような人材が互いに高め合う組織であり続けることが、さらなる飛躍につながると考えています。
立岡私が強みだと感じているのは、ひとえに人材レベルの高さと自己変革力です。リスク感度が相当高く、堅牢なけん制システムを持ちつつ、外部からの指摘や環境変化を自分事としてそしゃくし、ビジネスモデルを変えていく力があります。今後は、そういった人材の個性や新しい発想をより活かせる体制とすることで、基盤は堅牢でありつつ、隙間で個性が出せる強固な組織になるのではないでしょうか。
鷺谷私が三菱商事に対して特に感じるのは、経営陣から若手まで、新しいことを学ぶのが当たり前というカルチャーです。AIなど新しい領域にも前向きに取り組み、必要なところには大胆にリソースを張る実行力があります。より成長を目指すためには、当社の人材が、分野横断的にさまざまな経験を積み、分野の垣根を越えたバリューチェーンをつくる発想を持つことが重要であると考えています。