三菱商事

社長メッセージ

代表取締役 社長 垣内 威彦

事業経営モデルによる成長の実現

地政学的リスクの高まりに加え、デジタル化や低・脱炭素社会への移行に向け、世の中の流れはますます加速しています。このような環境において、当社は「三綱領」の企業理念の下、未来を見据えた重要課題として、DX(デジタル・トランスフォーメーション)とEX(エネルギー・トランスフォーメーション)を一体で推進し、社会のニーズに応えていくことで経済価値・社会価値・環境価値の三価値同時実現による持続的な成長を目指します。

当社を取り巻く3つの環境変化である地政学的リスク、デジタル化、
低・脱炭素化に、「変化への対応力」を発揮し着実に対応

世界における政治・経済情勢、先端技術の動向や人々の価値観等、世の中の変化は、昨年からのコロナ禍の影響も加わり、ますます早くなっています。その中でも事業環境に大きな影響を与える3つの変化に関する当社の認識についてご説明します。

地政学的リスク

地政学の観点では、米中の覇権争いが現在の最重要テーマです。民主主義・資本主義に基づいたグローバリズムの枠組みの中で、中国をはじめとする国家資本主義体制の国々が台頭することで、米中のイデオロギーや価値観の違いがはっきりしてきました。これまでは各々独立していた政治と経済が一体化してきており、今後政治面での対立が深まっていく場合には、経済もその影響を受けデカップリングしていくことが懸念されます。世界でビジネスを行う上では、地政学的リスクを慎重に分析の上、生産・販売の拠点をどこに配置することが妥当か、慎重に判断していく必要があります。

デジタル化

AI・IoTによる高度なデジタル化は第四次産業革命ともいわれます。デジタル化によってあらゆる産業で従来のビジネスモデルは変革を求められています。ビジネスを推進するに当たってどこに産業課題があり、プロフィットプールがあるかを的確に見極める大局観を持つことが重要です。当社は、長年にわたりさまざまな業界に深く入り込んできていますが、その経験に基づく産業知見にデジタル知見を組み合わせることで、産業そのものの形を変えていくDXを構想し、リードできると考えています。

低・脱炭素化

低・脱炭素化の動きが欧州で先行する中、日本も2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を掲げました。この流れは不可逆的であると認識しています。30年後の世界に向けて、数々のイノベーションも取り込みながら進める時間軸の長い取り組みとなりますが、当社は資源エネルギー事業をはじめさまざまな産業に携わる当事者として、これまでも、これからも、社会が必要とするトランスフォーメーションの実現に貢献し続けていきます。

社長に就任してから一貫して、社員に「変化への対応力」を強化することが三菱商事の最大の課題だと言い続けてきました。昨年からのコロナ禍は瞬く間に世界中に広がり歴史的なパンデミックとなりましたが、この問題を通して本質的に解決しなければいけない課題が浮き彫りになったと感じています。役職員一人ひとりが各々の現場で、事業経営を通じて培ってきたインテリジェンスに基づき周囲よりも半歩先に「変化への対応力」を発揮することで、変化の激しい時代にも的確に対応していきます。

「中期経営戦略2021」で掲げた事業ポートフォリオの強化、
循環型の成長メカニズム、人事制度改革をさらに促進

2021年3月期における連結純利益は1,726億円と、業績見通しを下回る非常に厳しい結果となり、大変重く受け止めています。主に金属資源、天然ガス、自動車、リテイル事業などで大きな影響を受けた結果です。まさに事業経営の真価が問われる正念場として認識しています。一方で、2016年3月期の連結赤字決算の反省から、市況系・事業系の事業ポートフォリオのリバランスを実行したことで、商品市況が大きく変動しても当社全体では赤字とならない耐性ができています。
「中期経営戦略2021」(以下、中経2021)では事業経営モデルによる成長の実現を掲げて取り組んでいますが、長年にわたり現地に根差した事業を展開しているタイでの自動車事業は、コロナ禍でも新モデルの投入に加えて販促活動の成果により増益を確保しました。また、2020年3月期に買収した欧州総合エネルギー事業会社のEneco社では安定した収益貢献が期待されるなど、将来に向けた布石も着実に打っています。経済環境は緩やかな回復基調にあるものの楽観視することなく、事業ポートフォリオを一層強化していきます。

「川下」領域、「サービス」分野における事業ポートフォリオの強化

当社は事業ポートフォリオを「生活」「モビリティ・インフラ」「エネルギー・電力」「サービス(IT、物流、金融等)の4つの分野と、「川上」「川中」「川下」の3つの領域の12象限で管理しています。
川上領域は従来から当社が強みを有しており、川中領域にもすでにあらゆる産業に足掛かりがあります。一方、消費者に最も近い川下領域での取り組みが手薄であると認識していました。この2年間でオランダを中心に600万世帯の顧客基盤を有するEneco社の買収に加え、インドネシアのジャカルタ郊外のBSD地区でのスマートシティ開発・都市運営の協業検討開始などで「川下」領域の取り組みが進捗しています。また、位置情報サービス会社であるHERE Technologies社への出資により「サービス」分野も拡充しており、当初目指していた事業ポートフォリオの強化が実現できたと考えています。

循環型の成長メカニズムの確立に向けて

当社が環境変化に対応しつつ持続的に成長していくためには、資産入れ替えを一層推進し、循環型の成長メカニズムを確立させていく必要があります。成長の芽を発掘し、事業会社の経営課題を解決し成長を図り、成長の柱、そして収益の柱に育てていく。一方で、当社がこれ以上関与しても成長が難しい場合には、ふさわしいパートナーに次の成長を委ねていくエコシステムを好循環で回していくことが重要です。その中で、売却あるいは合併等を通してキャピタルゲインも確保していくことは、当社ROEの維持向上にもつながっていきます。
この成長メカニズムを確立するためには、各々の会社が自立していくことが重要です。資本の面では親会社・子会社の関係となりますが、いずれは独立企業として自立的な経営を推進し、自らさらなる成長を遂げるという意識が不可欠です。
各事業会社は、社員の皆さん自身が、会社の未来を考え、自分の会社に誇りを持てるような「良い会社」であってほしいと思っています。

社員の成長を会社の発展につなげる人事制度改革

当社は、社員の成長が会社の発展につながるものと考えており、中経2021で掲げている人事制度改革の下、年次・年齢・性別に関わらず要職に抜てきできる制度を導入し2年が経過しました。30代での経営ポジションへの登用は2019年4月比で約1.5倍に増加し、女性の活躍も進むなど実力に応じた適材適所の実現に着実に取り組んでいます。最近の当社を取り巻く変化には、一つの営業グループだけで解決することは難しく、関連グループの英知を結集し横連携した上で対応を進めないと解決できないものがほとんどです。経営人材の組織横断的な全社登用を図るべく、社員一人ひとりが多様な経験を積み、複数の目で評価され、実力にふさわしいアサインメントと処遇につながるタレントマネジメントを強化し、社員の成長と会社の発展に向けた適材適所を今後も徹底していきます。
また、全社で組成した産業DXタスクフォースでの取り組みなど、グループの枠を越えた横連携を前提とした活動も進めている他、中経2021のコンセプトを浸透させるため、特に社員へのメッセージの発信や、社員との対話にも多くの時間を割きました。

幅広い業界における産業知見とネットワークを生かしたDXと、産業界の持続的競争力向上と環境課題解決の両立を目指すEXに一体で取り組み、三菱商事らしいDX・EX戦略を推進

DXの取り組み ~産業知見を生かしたさまざまな「無駄」の最小化を実現~

DXでは、幅広い業界におけるネットワークを生かした当社らしい取り組みを促進していきます。生産から物流、卸、販売までありとあらゆる産業で実際のビジネス展開を通して得られた当社の産業知見とデジタル知見を組み合わせて産業そのものを変革していくという構想で、現在は70件以上の案件が進行しています。
具現化が進む例としては、NTTと合弁で2021年6月に設立した(株)インダストリー・ワンが手掛ける食品流通DXがあります。当社の産業知見と高い技術力を有するNTTのICT知見を組み合わせ、日本の産業界の構造改革に貢献していきたいという思いで、2019年にNTTと産業DX推進に関する業務提携を行い、その取り組みの一環です。これは、食品メーカーから小売りまでの食品流通に係るデータをつなぎ、AIによる高度な需要予測に基づく受発注を行うシステムの導入によって、従来は長期間保管され廃棄されていたフードロスを最小化し、倉庫の回転率やトラックの積載率を改善させるプロジェクトです。これは食品流通業界のみならず、将来的にあらゆる産業に応用できる考え方です。
中部電力グループとは電力リテイル分野におけるDXを推進する、中部電力ミライズコネクト(株)を設立しました。地域に深く根差した顧客基盤とデジタル技術を活用したマーケティングにより、最適なサービスを提供していきます。管内での地域の発展こそが自らの発展に直結する中部電力(株)と、管内在住者の利便性向上をいかに図るかというテーマを当社も一緒に深く考えていきたいと思っています。

EXの取り組み ~当社が担うエネルギー安定供給の責務と環境課題解決の両立~

EXでは、再生可能エネルギー(再エネ)等の設備・事業の新規開発により温室効果ガス(GHG)排出を回避する「Avoid」、既存設備・事業におけるGHG排出量を削減する「Reduce」、残存する排出GHGのニュートラル化を図る「Remove」の3つの観点での取り組みを推進します。これらを通じて産業界の持続的競争力向上と環境課題解決の両立を実現することを目指しています。まず「Avoid」では、洋上風力発電の新規開発などにより2030年に向けて当社の再エネ発電容量を倍増させることを目指します。次に「Reduce」では、火力発電事業のダイベストメントとともに火力発電の低炭素化や発電時に二酸化炭素(以下CO2)を排出しないゼロエミッション火力への移行などを通じ、2050年までに再エネと併せ、発電事業の非化石比率100%を目指します。移行期においては、アンモニア、あるいは最終的に水素を見据えた次世代エネルギーのサプライチェーンを構築することに、全力を尽くしていきたいと思います。最後に、CO2の回収・貯留技術(Carbon Capture and Utilization/Storage(CCU/S))の利活用等により「Remove」の取り組みも進めていきます。
低・脱炭素社会の実現は、社会全体で中長期的に取り組むべきテーマです。昨年度より社内に設置した3グループのグループCEOで構成するエネルギー委員会にて、産業の発展に必要なエネルギーや電力の安定供給を担保しつつ、脱炭素という環境課題を解決する具体的手順などの議論を継続しています。
各国・各地域によってそれぞれの置かれた状況やエネルギー安全保障に対する考え方もさまざまで、時間軸や地域特性などを総合的に勘案し、段階的に低・脱炭素化を進めることがEXの最大のポイントです。当社としては、再エネの新規開発を積極的に展開すると同時に、業界の当事者としてまずは日本で長年にわたり担ってきたエネルギーや電力の安定供給の責務を果たしていきます。そして、一層の責任と覚悟を持ってこれらの課題に向き合い、段階的にCO2を削減するシナリオを実行することで、2050年でのカーボンニュートラルを目指します。その上で、アジアの諸国でも、日本での脱炭素に至る成功モデルを移植することで貢献したいと考えています。

DX・EXの裾野は広く、例えばDXの取り組みとして、小売りの需要を把握し製造プロセスや物流の効率化につなげていくことは、自動車から排出されるCO2や年間1兆円規模のフードロスの削減にも貢献することになります。単にデジタル化や低・脱炭素化の潮流に対応するだけではなく、ビジネスチャンスと捉え、最終的に生活者にどのようなサービスや価値を提供していくかまで構想を深めることで、当社らしいDX・EXの一体戦略となると考えています。

企業理念である「三綱領」の下、三価値同時実現を前提として、
社会のニーズに応え、社会と共に持続的成長を実現していく

「三綱領」と「三価値同時実現」

「三綱領」は、江戸時代から明治時代への移行期という激変の時代から一つの秩序を生み出すまでに得た、後世に残すべき価値観として生まれ、今では当社がビジネスを行う上での価値観の拠り所です。「三綱領」の理念の下で経済価値・社会価値・環境価値の同時実現に取り組んでいますが、当社が担っているエネルギーや電力の安定供給の責務を果たすことは社会価値の実現、低・脱炭素社会への貢献は環境価値の実現につながります。これらの価値を高めることにより経済価値も生まれるという考えです。
所期奉公から始まる「三綱領」がある当社は大きく世の中が変わる変化の節目の中で課題のある分野・業界に参画し、新たな価値を創造することを積み上げ、社会と共に成長してきました。今後も社会のニーズに応えて持続的成長を実現していきます。

当社の強みである総合力をさらに高めるグループ横連携

デジタル化や低・脱炭素社会の実現に向けて、DXやEXという変革は、価値観や生活様式の変化を促すという大変意義深い挑戦と捉えています。DXの実現にはグループ間の横連携でのダイナミックな変革という視点で構想することが肝要で、EXに関しても当然ながら当社だけ、あるいは電力や天然ガスといった特定の商品だけを取り上げて議論することは難しいものです。従い、事業ポートフォリオを今後どのように変化させるか、どのように低・脱炭素を進めるかなどを検討する上では、ますますグループ間の横連携が重要になります。各グループの垣根を越えて全役職員が一丸となって考えるべきテーマで、そのような意識を浸透させることに注力しています。

最後に

厳しい経済環境が続く中であっても、当社は総力を挙げて、各産業の構造改革や低・脱炭素社会の実現に貢献していきます。さらには事業を通じて社会的・環境的な課題にも取り組み、中長期的に事業経営モデルによる成長の実現を目指していくことで、ステークホルダーの皆さまのご期待にしっかりと応えてまいります。

私は入社後飼料畜産部に配属されました。1960年代の日本の畜産業は産業としてはほんの走りでしたが、三菱商事が日本国内向けの鶏と豚を生産するコンセプトで会社を立ち上げていました。飼料原料は主に米国から購入し、船で運搬していましたが、その受入港、またその飼料用の大型サイロ、配合飼料工場なども造っていました。同社は最初から食用の鶏を日本中に展開しようと試みており、当時の日本にはなかった大きな構想だったと思います。社会が求めていることに挑んでいくということが根底にあり、産業構造が変わり、社会的規範も変わり、そこに自らが関わることに感動、喜びがありました。社会的価値があるが故に経済的価値が伴うということを体感していました。若手の頃からそういった価値観・コンセプトを自然と意識するような環境にありました。

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